天神系

妄想中


北野天満宮
京都市上京区馬喰町 今出川通七本松通西

祭    神  : 菅原道真
    配祀  : 中将殿(道真の長子)、吉祥女(道真の正妻)
分    類  : 天神系
神    徳  : 学問
末    社  : 文子天満宮(道真の乳母)、伴氏社(道真の母)、福部社(十川能福)、白太夫社(渡会晴彦翁)、
           火之御子社(火雷神)、老松社(島田忠臣翁)、神明社(天照大神、豊受大神)、野見宿禰神社
           (野見宿禰)、一之保神社(菅原大神)、稲荷神社(宇迦之御魂神、猿田彦神、大宮女神)、
           猿田彦社(猿田彦神)、(竃社庭津彦神・庭津姫神・火産霊神)、地主神社(天神地祇)、その他

 京都の観光神社の一つと云える北野天満宮(北野神社)。普通北野神社と呼びますが、正式には北野天満宮。という天満宮の本家の1つ。
参拝者の最大の目的はココで大学や高校などの合格祈願の御守りなどを求めることがあります。京都は日本最大の観光都市、修学旅行など
の本場とも云えます。修学旅行生にとって、旅行後に必ず迎えることになる受験。境内を歩くと、制服姿の学生を年中見ることが出来ます。
年間にどれ程の受験者が訪れるのやら?

菅原道真が恐ろしい恨みを果たした神様というよりも、頭が良くて、異例の大出世をした人物と云うのが関心事になったことが幸いした?
広い境内のバックヤードや境内にはウメノキがたくさん植えてあります。境内の西側には御土居という築提が残っています。
そして境内にある牛の像がたくさんあるのが印象的です。
 
 一の鳥居(今出川通側                         山門
 
臥牛像 境内には何体もある                         山門を抜け、参道は北に曲がります、その先に見えるのが三光門
 
三光門                                    本殿
 
文子天満宮
京都市下京区上数珠屋町間之町通上ル西側
祭    神  : 菅原道真
分    類  : 天神系
神    徳  : 学問成就
末    社  : 白瀧稲荷大明神、白太夫社(子宝の神)、老松社(島田忠臣翁)、福部社(開運 十川能福)、
           火之御子社(雷除け 火雷神)
 天神系の神社の発祥の地といわれる。その理由は、由緒書きによると道真の乳母の多治比文子の夢に道真が現れ、右近の馬場に祀れという
託宣(おつげ)があった。しかし文子にはそれを建立する資産が無かったため、自宅である右京七条二坊に道真を祭ったのが、天神信仰の
始まりという。
京都の北野天満宮の境内にも文子天満宮が遷座されてある。ちなみに右近の馬場の地と云うのが北野天満宮の場所である。
 
東面の鳥居(間之町通側)                                  多治比文子の像 意外にも若くて美人
 
摂社の稲荷大明神                                      本殿
 
菅大臣天満宮
京都市下京区菅大臣町高辻通西洞院通上ル
祭    神  : 菅原道真公、尼神、大己貴命
分    類  : 天神系
神    徳  : 勧学
末    社  : 老松社、火御子社、白太夫社、福部社、
           三玉稲荷社、春崎稲荷社
 西洞院に面した高辻通を上がった場所にある鳥居と参道が正面と思われるが、同じ様な参道が高辻通側(南)、仏光寺側(北)にもあり、
西洞院通と高辻通そして仏光寺通に囲まれた一画を占めた当時のこの神社の規模が用意に想像できる。
由緒書きによると菅大臣天満宮の場所は元々道真の自宅若しくは学問所のあった場所と伝えられる。この場所でかの有名な短歌が詠まれた。
「東風吹かば、匂い寄越せよ梅の花、主無しとて春なわすれそ」
歴史を感じる場所ですね
この場所から朝早く千本丸太町近くの朝廷に参内していたんですな。と当時の様子を想像する。

 
高辻通に面した参道                              本殿 明治時代に下鴨神社の旧殿を移築したもの
 
本殿に対面する位置にある稲荷社                      境内にある4つの摂社

水火天満宮
京都市北区堀川寺ノ内上ル扇町

祭    神  : 菅原道真
分    類  : 道真の怨霊
神    徳  : 水害除、火災除、厄除、合格祈願
末    社  : 六玉稲荷


 
堀川通に面した鳥居(西面)                          拝殿から望む本殿(南面)
 
出世石                                    登天石