マイキーの レポ記事 2013



 鴨川 川床料理 2013年 5月31日
河久
       
       京都には
川床(ゆか)という、食文化がある。
      暑い京都の夏に、涼を求めて、川の水の流れの上に席を設けて、お酒や食事を頂く事を云う。

      有名なのは鴨川と貴船で、その場所以外に高雄などにもある。
      京都の夏の風物詩でもある。

      場所やお店、コースなどにより、値段は一概に云えないが、
      軽く酒のアテ的な料理とビールを2〜3杯頂いて1万円程
からだろう。
  
      
決して、お安すくは無い

      普段のマイキーの飲食ように、川床と云うのは、腹一杯食べる場所では無い。

      鴨川の夕暮れの景色と、頬をなぜる風をアテに会話を堪能する。
      家族や彼女と行きたい贅沢な場所。

      マイキーの数少ない友達の1人に、
河久と云う料理屋の若大将がいる。

     何度もココでレポ記事を書いているが、今回もさっそく行ってきたんで報告する。

      今回の飲み会は、仕事仲間と2ケ月遅れの打ち上げという主旨。

      いつものように色気は全く無し。
男4人です。

      くどいようだが、決して野郎ばかりで行くような場所で無い。

      諸般の事情を御説明して、普段はされない大皿料理で、料金を
大幅に下げて頂きました

      ありがとうございます。

       
      川床(ゆか)の様子 掘りごたつです                    川床から見る鴨川の様子、見える橋は三条大橋
       
      先付け(ゴマ豆腐、薩摩芋、枝豆、鯛の子、茗荷)           お造り(大皿)真鯛、ハマチ、赤貝、平目、ハモ
       
      椀物                                          春巻き(大皿)
       
      手羽先(大皿)                                     若鮎塩焼き
       
      鯛のアラ炊き(大皿)                                  〆のかんぴょう巻きと漬けもの

      いつも酒を飲み過ぎて、途中から写真を撮るのを忘れてしまうが、今回は頑張って撮ったほうです。

      もう少しお料理出てました。

      マイキーの場合、川床(ゆか)には関係無く、ここ河久には年中行く。

   
      その最大の理由は、ビールのアテでアラカルトに頂く、
手羽先鯛のアラ炊き

      これが実に
超絶品


 ゴールデンウィークの帰省 2013年 5月3日〜2013年 5月 6日
野良仕事
       今年のゴールデンウィーク、お金も、やる事も、行く事も無い。
      おまけに一緒に遊んでくれる友達も無いんで、四国に帰省した。

     ただ今年は何時に無く、実家の野良仕事などをお手伝いしたんで、たいした出来事も無かった(´д`)
     チャリンコでブイブイ云わしていた頃、実家の周りは一面にレンゲが広がっていた。
      しかし、そんなレンゲもあんまし見る事が無くなった。

     車でそんなレンゲ畑を探しに走っとったら、田んぼの中に、妙な物を見つけたぞ

      
     懐かしい レンゲ畑がこの一反だけ残っとった。        マンモスの形の藁グロ(ワラグロ)と普通のワラグロと鯉のぼり
      
     マンモスのUP                           レンゲの中に建つワラグロ
     
     田んぼの中に超デカイ ワラグロを見つけた。

     言葉に少々自信が無いが、子供の頃ワラグロと呼んでいた、藁(ワラ)で造った円柱形のような固まり。
      その形をマンモスの親子に模した物が2個、田んぼの中にあった。

      初めて見たわ〜そんな物(・◇*);v
      そんで車を近寄せて写真撮影
      マイキーが写真撮っていたら、同じように車を停めて写真を撮り始める人がでて来た。
      ワラの質感をマンモスの体毛に模してあるんやが、なかなか上手に作ってあったわ。


      その親子2個のマンモスの後方にあるのが、通常のワラグロ。
      その高さは、
約1m80cm程。

      実家でもこのサイズのワラグロを、脱穀が終わった田んぼにこさえとった。
      技に自信のある百姓は、
約3m程もある高い恰好の良いワラグロをこさえとった。
      そんな30年程前の田園光景を思い出したわ。
      
      かつては田んぼに、そのようなワラグロがたくさんあった。

      
このワラグロは何か?と云うと、モミ(米)が付いた稲から、モミ(米)を取った残りが藁(ワラ)。

      その藁(ワラ)を田んぼの中で、濡れたり腐ったりしないようにタワー状に組み上げた物・・・・・・・
じゃないかな?
     形は先の尖った鉛筆のようなもの。尖ったところが屋根のようになっていて、中には水は浸み入らない。

      自信が無いんで、正解はwebで勝手に調べてくで(;一_一)

      そんでその藁(ワラ)を、その都度もち帰り、家畜に与えたり、筵(むしろ)を編んだり縄を編んだりしていた。

      最終的に消費出来なかった藁は、田植えまでに現地で細かく切り、
      土に混ぜて肥料や土壌改良として使った・・・・・・
と思う

      だからこのマンモスもゴールデンウィークが終わったら解体され、土になると思うわ・・・・・・・多分
      しかし故郷の出来事なんやが、情報が無いわ〜(;一_一)


      一面が雪で白くなった田んぼに、ワラグロが残ってる情緒あふれる光景が、懐かしく思い出されたわ。

      それに
鯉のぼりも、この辺りの名物の光景。

      鯉のぼりは全国的にあるとは思うが、愛媛県の南予地方は特に盛ん。
      高いポールを建て、大きな鯉のぼりを2〜3匹流す。
      吹き流しも加えれば3〜4匹になる。

      子供の誕生の喜びや成長を願う思いが現われとると思う。

      写真には無いが、
黒い大きな真鯉を流す景色は実に爽快。

      少子化の影響やろうが、鯉のぼりもめっきり少なくなったわ〜
(´・_・`)

      
      
       マンモスのワラグロから少し東に行くと
石崎の立石跡という看板があったんで寄ってみた。

      故郷の物なんやが、ホンマに知らんのやわ〜(´д`)
      古墳とかでは無さそうやが、田んぼに小高い岩山があり切り裂くように道路と線路が開削されている。

      案内の看板によれば、大きな岩山がココに有り、金毘羅様が祭られていたようや。

      しかしずっと以前に金毘羅神社が途絶えた。

      その後この岩から石垣用の石を切り出し、大きな岩山が段々と小さくなって現在の姿になったと、記されていた。

      岩山の頂上に登ると、金毘羅神社が再建されとった。
      見晴らしが良くて、
岩木平地が見渡せる。

      かつてこの辺りは、
宇和島伊達藩10万石の所領。

      案内看板によれば、宇和島を出発した大名行列が、ここ石崎の立石の脇を通り、
      笠木峠を越え、釜倉をへて八幡浜へ抜け、そこからは船を使い大阪までむかい。

      参勤交代で江戸に向ったと記されていた。

      そんな歴史があったんだと思おた。


      夜の宴会は、みんなで料理を作ったど
(^з^)
      揚げ物や肉の無い、かなりヘルシー系です。

      名古屋から弟家族も帰って来て、皆で乾杯
      甥っ子のタカラがエエ感じになっとる。
      ほんで見た目のまんま、よく食べるわ〜マイキー2号へまっしぐら。

     
  
     お造りマグロ、真鯛、タコ3種盛。                          母ちゃんの料理したタケノコ
      
     サニーレタス、トマト、セニューリ(ブロッコリ)のグリーンサラダ      タマゴ入りのポテトサラダ
      
     チラシ寿司                                マイキー2号 甥っ子の「タカラ」

     タケノコ料理は、マイキーたちのために、母ちゃんがこさえてくれました。
     甘く煮てあります。かなり旨いです(*^-^*)

      たまに食うから旨いんだよね。

      子供の頃は1ケ月間近く、毎日タケノコを食っていたような記憶があります。
      朝食は昨日の残りのタケノコをおかずに食って学校に行きます。
      
      お昼に弁当を広げると、そこにもタケノコ。
      夜食には、炊きたてでメインのおかずでタケノコが大鍋のままテーブルの中心と云ったサイクル。

      その頃はあんまし好きではなかったタケノコも、今、改めて
適量を食うと旨いわ(*^-^*) 。 歳かな?

      チラシ寿司はガス釜にダイレクトやけんど、ムキエビやサヤエンドウをトッピングに散らすと、豪華になったわ〜。

      子供の頃はエビなんて入って無かったもんな〜。
      
おふくろの味(*^-^*)
      
      
      翌日は少し運動を兼ねたお手伝い。

      昔は田んぼだった家の裏。
      年老いた両親だけでは、田んぼとしても、畑としても出来んので、木を植えて田畑を山に戻すようや。
      先祖が苦労をして、山を開き石垣を組み田んぼだった場所もこの状態です。
      マイキーたちの代で、荒れて
山に戻って行きます
    ご先祖様 誠に申し訳ありません
      
      両親が植えた杉やヒノキの廻りも雑草だらけ。
草刈り機を使い木を傷つけないように除草。
      注意していても、草が多くて苗木の根元がよく見えんので、3本ほど、「チューン」と云う音とともに切り倒してしもうた。
      切り倒さないまでも、キズもようけつけてもうた
      
 
     除草前                                 除草後 3分刈り程度の素人仕事なんで見分けがつかんの〜

     更にタケノコ掘りと竹山整理。
      ところが、探せども肝心のタケノコがなかなか無いんじゃ〜
      両親に聞くと、実家のタケノコ山は、年々採れる量が少なくなっていると云う。

      原因は、両親が歳をとり、タケノコを掘れなくなっているので、タケノコが竹へと成長。
      その結果、山に竹が多くなり、栄養を取り合っているためだと云う。
      そこで竹の間引きをして、日が当るようにせなあかんようや。
      じゃがタケノコが掘れんくらいやから、竹の間引きなんて、とても手が回らないようや。
      
      それを聞けばやらざるを得ません。竹の間引き。
      男の仕事です。しかし、この山仕事は草刈りのようにはいかん。
      竹を切り倒すのが、エライ
力仕事やねん。

      太い竹を切り倒すだけじゃなくて、
      切り倒した竹を邪魔にならん場所に移動させ、枝も落さなアカン。

      2本程切り倒したら、汗も止まらんし、手も痛い。
      運動不足を痛感。

      3本目を切り倒したら、変な方向に倒れて、実の付いとる
梅の木に直撃。
      竹を苦労して片付けたけんど、未成熟の青い梅の実がだいぶ落ちてしもうた。
      この梅、梅干し用の梅じゃし怒られるわ。
      手伝いをしとるのか、余計な事をしとるのか判らんわ〜(´д`)

      
     荒れた中にもタケノコを少々発見            マイキー2号 甥っ子の「タカラ」  せっかくGetしたタケノコも小さく見えるわ〜
     
     夕食は兄夫婦の家で、仕出しを取って頂き、ご馳走になりました

      名物の
皿鉢料理です。

      皿鉢料理は高知県の方で有名ですが、ここ愛媛の南予地方でもあります。
      大皿の中に、お造りや揚げ物、練り物などの外に、お饅頭やデザートまで一緒に盛り付けします。
      用意してもろうたんは、季節外れやが
カニウナギも入ったエエやつですわ。

      旨かったで〜
(*^-^*)

     それ以外も料理を用意しておらったんやが、飲み過ぎで写真を忘れてもうた。

      じゃが内心、
コレじゃ、と思おたんがソーメンじゃ。

     実家ではソーメンの麺つゆは、市販の麺つゆじゃのうて、魚のアラを炊いて麺つゆを作る。
      翌日には煮こごりになるようなコラーゲンたっぷりの濃い味の甘辛い麺つゆじゃ。
      
      更に焼きサバや、鯛の実をほぐし、ソーメンにトッピングして喰う。
      この地方独特の食い方。
      
コレが最高に旨いんじゃい(^з^)

      
     皿鉢料理(仕出し)中央にあるのが苺、右隣まんじゅう         ソーメン 汁撮るの忘れた


      ソーメンは京都に帰って作ってみようと思おた。