2012年
北陸B級グルメ旅 | 2012年 10月 6日〜7日 |
石川県・富山県・福井県 |
ホルモン七条 | 2012年 9月 26日 |
京都市四条木屋町下るすぐ |
大出雲展 | 2012年 9月 7日 |
神話と云う謎 |
河久(かわひさ) | 2012年 3月30日 |
仕事も無いし、桜も咲かんし |
京料理の河久(かわひさ)に行ってきた。
河久は木屋町通の御池を下った場所に店あり、川の上にせり出した床(ゆか)もある店。
マイキーの接待にも使わせてもらってる。
今日は接待でも無く、ブラ―っと行ってきた。
タケノコなど季節感のある食事を出してくれるし、手羽先などの、店の雰囲気とは違うメニューもある。
今日は大将も女将さんお休みで、二代目と若女将で切り盛。
夜は酒を飲み始めると、すっかり食い意地がでてしまい、肝心の写真を撮るのを忘れてまう。
ベロベロニ酔っぱらった、だいぶ遅い時間に写真撮らなアカンわと思い出した。
そんでいつも世話になっとる、板さんの長谷川さんと二代目の写真を撮らせてもらった。
若女将はもう帰ってしもうとったわ。
遅くまですいません。また寄らせて貰いますわ。
長谷川さん 2代目
当たれ五億円 | 2012年 3月13日 |
震災復興宝くじとお初天神 |
五億円を目指し、震災復興宝くじを買いに、大阪駅前第4ビルへ行ってきた。
夢はかなえるもので、かなえられるものでは無い。
買わないと、絶対に当んないので、電車賃及びバス賃を支払い行って来た。
そんな偉そうな事を云いつつも、まずは神頼みじゃ。
宝クジ売り場の近場にある、お初天神へ御祈願に出発。
お初天神は、曽根崎お初天神商店街の行き当たりにある。
繁華街、しかもビルや飲み屋の中に埋もれたように、ある神社の裏口を見ると、威厳も崇高さも感じさせんわ〜。
お参りしても御利益のかけらも、少しも感じさせんの〜(´д`)。
そもそも、天神さまなんで、学問の神様やし(´д`)。
今欲しいのは金運。
などと、不平不満を感じつつ神社と入る。
鳥居すら無いのね。
しかもお初天神ビルはどう見ても神社の敷地に建っとる、しかもこのビル飲食店のビルやし。
石張りの参道を進み、本殿前へ進む。
本殿前は少しは神社らしい雰囲気があるわ。
そしておもむろに100円玉を1枚、小銭入れから取り出して、願いを込めてお賽銭を投げ入れる。
「五億円が、どうか当たりますように」
せっかくの機会やしと、お初天神の御祭神を捜すと、何何?
へー と云う感じ。
御祭神は、少彦名大神、大己貴大神、天照皇大神、豊受姫大神、菅原道真の5柱となっている。
変わった取り合わせやな〜と云う第一印象。
お初天神と云う名前が印象的なんやが、正式には露天神社(つゆてんじんしゃ)と云うようや。
へー 天神社(てんじんしゃ)と云うんや、と思うと。京都にも天神社がある。
京都の五條天神社も天神社やし、御祭神の取り合わせも同じ様な感じやった記憶があるぞ。
と、頭の中でいろんな想像が膨らんでくる。家に帰って調べよう。
本殿の向きは?
大阪やし判り難いな、東西南北が。南向きに建っているのかな?御堂筋の方向やし?
境内には摂社があり、そこに難転石と云う球体をした赤御影石があった。
この石を回すと、難を転ずる事が出来ると云う。
一応、回してみたが、簡単に回る。しかし球だけに回し過ぎると元に戻るのじゃないのかな?
などと疑問を持ちつつ。
更に同じ場所には、お初と徳兵衛が寄添うブロンズ像や絵馬が奉納されていた。
露天神社がお初天神と呼ばれる理由は、ここでお初と徳兵衛が心中したから。
女と男が人目を避けて会い、心中した当時は、人のあまり来ない暗く静かな森のような感じやったやろうと思うわ。
それが今では、夜もにぎやかな繁華街へと変貌。
お初と徳兵衛の心中は、近松門左衛門の曽根崎心中として現在に伝わる文楽。
マイキーの見た事のある人形浄瑠璃といえば唯一、傾城阿波の鳴門。
「あい。 ととさんの名前はとうじゅうろう〜。 かかさんの名前はおゆみともうします〜」と云う人情物。
徳島県にある十郎兵屋敷で見た阿波浄瑠璃のみ。
悲しいストーリで泣けたわ〜。
これも何かのご縁。
一度改めてじっくりと、曽根崎心中を人形浄瑠璃で見てみたいものですな。
大阪の国立文楽劇場で。
難転石とお初と徳兵衛 特設会場横の五億円のレプリカ。
さて特設売り場に出発。
宝クジ売り場はいつもよりも人が少なかったわ、直ぐに買えた。
バラ10枚、蓮番20枚を9,000円で購入。
直ぐ隣に500,000,000円の札束のレプリカが、ガラスケースに納まっとった。
1束が10,000,000円で50個ある。
すごーい。
楽しみに発表を待とう(^з^)。
第1回 京都マラソン | 2012年 3月11日 |
ガンバレ |
去年の3月11日、東北関東大震災が発生した。
そんときマイキーも東京出張中。
帰宅難民に巻き込まれ、翌日ほうほうの姿で京都に帰って来れた。
それからちょうど1年後の本日、京都マラソンが行われると云うので見に行ってきた。
今回、新設された京都マラソンは、京都の世界遺産を巡るマラソンコースがマイキーの家の近くを走る。
そのため、何か月も前に、交通渋滞渋滞の発生のお知らせと共に、マイカー自粛の要請に廻って来られた。
しかしずいぶんと先の事を云いにきたな、としかそんときは思って無かったが、その日がもう今日や。
それと今回、鴨川沿いに見慣れぬ街路樹があったんで、その写真を撮ることと、
京都マラソンの状況を観察するため出発(*゚▽゚)ノ。
マラソン選手14740人が、ゴールの平安神宮前を目指して8時30分に西京極総合運動場を出発した。
マイキーの家から、もっとも近いマラソンコースは西京極のスタート地点より、約16Kmの地点になる。
スタートから1時間は掛かるやろうと云う予測はビンゴやったわ。
家からマラソンソースまで徒歩で3分。さあ写真を撮らなあかんと思おたが、思いっきり逆光や。
そんで、まだ走者のおらんマラソンコースを横断。
ランナーの到着を待ちます。
その後、白バイで先導された、先頭集団の7名がやって来た。
カメラを構えて1枚目撮った。しかし2枚目を撮るときには、もうランナーが通り過ぎてしもうた。
安もんのデジカメやけん、シャッター速度が遅すぎるわ(´ε` )。
当然に連続撮影も出来ん。
直ぐに、2番目の2人のランナーが来たんで、今度はエエ構図で写真撮ろうと、シャッターを切るが今度は写らんまま
マラソンランナーはマイキーの横を通り過ぎてもうた。
マラソンのランナーを撮るって、以外に難しいもんやな〜(´ε` )。
まだまだ前半の16km地点。選手も元気で、スピードも早いわ〜。
7名の先頭集団 1枚目2枚目のシャッタを切ったころは通り過ぎた後。 車の1台もおらん、紫竹方面の北山通です。
先頭のランナーを見届けたら、レポは終わりや、後は用が無いんで、鴨川に街路樹の写真を撮りに歩いた。
これが失敗の始まりやったわ〜(´ε` )。
交通規制をしてたんで、さすがに北山通辺りに、車は殆どおらんわ。
京都と云えば、何でもかんでも反対するバカが多いんやが。
この車のおらん状況を見て、改めてよくやれたな〜と思うたし。やれば出来るんやな〜とも思おた。
主宰者の皆さま、御苦労さまでした。
雲一つ無いエエ陽気で、そのまま鴨川を目指して歩いてたんやが、歩いて行く先の鴨川も、
気付くと、マラソンコースになっとったわ。
出雲路街道と云う鴨川の左岸をくだって来たランナーは、北山大橋を今度は東に行く。
その後折り返し、北山大橋を再び渡り、出雲路街道を南に下がって行くようやった。
到着した時、既にマラソンの先頭集団が行った後で、先頭より3〜4番目の集団が走っとった。
選手はまだパラパラぐらいにしかおらんのやが、コースを勝手に横断でけん雰囲気になっとる。
困ったんは、写真を撮りに来た街路樹は、鴨川の右岸側にある。
コースを横断せな、目的の街路樹まで行けんがな〜(´ε` )。
じゃが鴨川の河川敷に降り、北山橋の下を通り抜けることでマラソンコースを無事に横断出来た (*゚▽゚)ノ。
ワシ賢いな〜と思おたわ(^з^)。
しかしこの時に気が付いたが、家に帰るには、先ほど先頭集団を見た辺りで、
再びマラソンコースを横断せな家には帰れへん。
これは、やばいことになったぞと思おた。
しかしココまで来てもうたんで、街路樹の写真を撮りに行く。
渡った北山大橋の上は、丁度給水ポイントになっとった。
給水ポイント 撮りたかった街路樹
鴨川縁にある、黄色い大きな種を付けた街路樹。これ何の木やろう?枝の先に種が一杯付いている。
イチョウのように雄雌の株のある木やろうか?
樹皮からするとクスノキ系に見えるんやが、サッパリ判らんわ(´ε` ) 家に帰ってネットで調べよう。
京都マラソンで盛り上がってる中、全然関係の無い写真を撮る。
さあ用事は全て済んだんで、家に帰ろう。
と再び北山大橋を渡り、増えて来たランナーの写真を撮ることにした。
この頃からになると、シャッタースピードが遅くても、次のランナーが自然に寄ってきてるんで。それなりの写真が撮れたわ。
加茂街道を走るランナー。 ムクの木です
ムクノキの巨木の間を走る選手は、あたりまえやけどしんどそうや。
この辺りはスタートより20kmのはずなんで、ほぼ中間地点や。
がんばれーと思う。
コースから離れ、帰路につく。
しかし、マイキーが歩いとる、北山堀川の辺りはマラソンコースから離れとるんやが、
辻々にまで交通整理員がよーけ動員されとるわ。
彼らはマラソンコースから離れているんで、マラソンンの展開はちっとも判らんやろうが、
車が進入して行かんように、目一杯に配置されとる。
警備会社は今日は忙しいはずや。京都中の交通整理員が動員されとるやろう。
おまけにランナーや同行者が日本じゅうから来とるんで、市内のホテルも旅館もさぞかし
忙しかったと思うわ。
夜、食事に行ったランナーも多いやろうし、帰りにはおたべや八ツ橋などの京都のお土産も買うやろう。
直接の経済効果は大きいやろう (*゚▽゚)ノ、なんて思いながら歩いてた(^з^)。
その代わり、マラソンコース近辺のお店は、今日はあがったりやろうけど。
そんでマイキーの場合後は、家に帰れるかどうか?だけや。
どのタイミングで、マラソンコースを強引に突破してやろうかと思いながら歩いとった。
北山栗栖と云う交差点に戻ってきたら、「横断箇所」と大きく書いてあった。
横断箇所?
初めその意味が判らんかったが、運良くそこでマラソンコースを横断できる仕掛けをしてあったわ。
「横断される方、急いで下さい。もう〆ます」
て云ってるんで云われるまま進むと、緑色の柵の中に入れられる。
その後、「コースを切り替えます」とアナウンスがあり。
完全に緑で囲われた柵の中に閉じ込められた。
その状態になって、初めて道を横断する仕掛けが判って来た。
その後、柵の右側を走っていたランナーが徐々に柵の左側を走るようになる。
理屈は川の中の中州の様なもの。
初め中州に入れる側のコースは中州に行けるように開放してある。
その後中州には入れなく規制される。
中州を右に見てランナーは走っているが徐々に、中州の左側を走るようにコースを規制される。
中州の右側にランナーが居なくなった状態で、中州の右側が開放されるので、
道路を横断出来るようやった。
判る??
横断箇所と書いてある。 緑の柵の中に閉じ込められる。このとき、ランナーは柵の右側のみを走ってる。
ランナーのコースが規制され、ランナーが柵の左を走り始める。 道を渡った反対側から、道の真ん中に中州のような、みどりの柵の囲い。
家に帰る為、強引にでもマラソンコースを横断するつもり満々やったが、その必要は無かった。
バカなことせんで良かったと、安心したわ。
一応は家の近所なんで、顔がさすと、後後云われるやろうし。
運が良く横断箇所があったもんやなと思おたわ(^з^)。
しかしマイキーのように不用意にマラソンを見に行き。
軽い気持ちでマラソンコースを横断した者もおったと思うわ。
ランナーが多なったら、マジでマラソンコースは渡れんわ。
再び帰って来た自宅最寄りのコース。
この辺りはスタート地点より16kmほどの地点。
スタートから2時間半ほど経ってたやろうか?
先頭集団が駆け抜けてから、1時間程も経つが歩いてるランナーなんておらんわ。
マラソンは参加することに意義があるなんてスポーツでは無いわ。みんな一生懸命に走っとた。
「がんばれー」云うて家に帰った。
節電協力中 | 2012年 2月14日 |
2年連続の2月危機 |
2月2日。
関西電力管内の、原子力発電所がもうすぐ全て停まる、と云うことで、京都を含む関西の電気はひっ迫状況。
関西電力の冬場の発電能力不足に対し、マイキーも一肌脱いで、節電に貢献することにした。
方法はエアコンの使用を止めることと、電気ストーブの使用を止めること。
エアコンはお客さんが来られる時にしか入れんので、常のメインの暖房器具は電気ストーブのみ。
その電気ストーブを止めて、ガスストーブに変更することにした。
ガスストーブをメインにして、エアコンは一切使わないことによる節電貢献。
ネットで調べると、ホームセンターや電器の量販店のミドリ●器でもガスストーブは扱っているようや。
そんでポイントのたまる、近所のミドリ●器で購入することに決めた(*゚▽゚)ノ。
店に行き、「ガスストーブ有りますか?」と聞くとガスストーブでは無く、ガスファンヒーターと云うらしい。
2月になったばかりで、寒さの峠を越えたんか、ガスファンヒーターは50%引とか60%引の、赤値札が付いとった。
売り場で商品をいろいろ見てると、エアコンのように温度設定も出来るんで、思っていた以上にガスファンヒータは高機能。
ランニングコストも、1時間使用して10円程度と云うのも経済的でエエわ。
1日で缶コーヒー1本程度のコスト。
次に暖房能力やが、マイキーの仕事場兼リビング兼応接場の広さは約15畳。
そんな中、今までは電気ストーブ1個で我慢して、お客さんが来られる時だけ、エアコンを入れていた。
一方、ガスファンヒーターも木造6畳(コンクリート8畳)用から木造12畳までと数種類あり、暖房能力には差が有る。
つまり比較的大きなガスファンヒータを買わんと、マイキーの仕事場は暖かくならんようや。
しかし、広さに比例して値段も高くなるし、ランニングコストも上って行く。
今まで電気ストーブ1個で10数年我慢してきた事を思えば、大きなガスファンヒータは要らんやろう (*゚▽゚)ノ。
ということで一番こんまい、そんで一番安い、木造6畳用のガスファンヒーターに決定。
1万円チョイを支払い、ガスファンヒータと専用のガスホース購入。
金が無いなかで痛い出費じゃった、貧乏は辛いの。
家に帰り、さっそくストーブを箱から取り出し、ガスのコンセントにホースを挿そうと思うがカチッと締まらん。
何でやろう、ガスの匂いはしてるんやが、ホースがちっとも挿さらへん。
ホースが挿せないと、ガス燃料が供給されんので使われん。
大阪ガスに電話すると、「明日行きます」と返事、直ぐには来てくれへんようやった_| ̄|○ il||。
翌日、見てもらうと、ガスコンセントの中の部品が、奥で引っかかっていたようやった。
直ぐにガスコンセントは直った。
改めてガス圧などの安全チェックをして「ガス漏れなどの問題も無し」と報告を受けた。
1日遅れやが、ガスファンヒーターのデビューです。
温いがな〜。電気ストーブとは比べ物にならんわ。
ちょうど寒さがぶり返してきたんか、それから毎日、終日ガスファンヒーターは付け放ぱなし。
節電協力とぬくたいしエエわ。
しかしガスファンヒーターを使いだして気付いた事がある。
それは甘ったるい匂いが、リビングにするようになったことや。
ガスの匂いのような気もするが・・・・・甘い感じの匂いがするようになった。
何の匂いか判らんのやが?何か臭う。
新しい設備が家の中に入ったんでその匂いかな?とその位にしか思おてへんかった。
新らしい車に乗った時に香る、新車のあのような感覚やった。
大阪ガスが来て、ガスコンセントの不具合を調整し、ガス漏れなどの問題無しと云うて帰ったし。
ガスなんて漏れてるはずは無い。
おかしいと思うたんは1週間後ぐらいやった頃や。
晩の10時頃1階のリビングに行くとガス臭い。
あわててガスコンロへ行くと。しっかり締まってる。何でやろう?なんでガスの匂いがしてるんやろう?
そんでその日は、換気扇を回して寝た。
しかし新品のガスストーブやが、ガス漏れの不信感は持ったわ。
それからまた1週間後や、バレンタインデーの朝やった。
目が覚めるとガスの臭い匂いがした。
2階に寝てるんやが、その寝室がガスの臭いがする。
この前のこともあったんで、気のせいかな?と1Fのリビング兼仕事場兼応接に降りてみると
臭いワ〜。おもいっきり ガス臭い( ̄□ ̄;)。
あわててガスコンロを調べるが、コンロは締まってる( ̄□ ̄;)。
おかしい。絶対おかしい。間違い無くどっかでガス漏れてる。
ガスが漏れてるって、命にかかわる怖ろしい話や。
慌てて大阪ガスに電話した。
大阪ガスからは、「窓を開けて、安全なとこへ退避して下さい」て云われた。
寒い中、家中の窓を開けて回った。
そしたら今度はマジ寒いわ、家の中やけんど、外におるのと変わらん
直ぐに、大阪ガスの職員がガス探知機を持ってやって来た。
仕事場兼リビングに入るなり、ガス探知機がピィピィピィピィと音がし始めた。
「ガスが漏れてますね」と云うことで、さっそく調査。
「気のせいかもしれんが、ガスストーブを買うてから、臭うようになりました」て云うと。
ガスストーブの背面、ガスホースとのジョイント部分にガス検知器を当てると。
ピィピィピィと更に大きな音。
「ココから漏れてますね」と買ったばかりのガスストーブに原因を特定。
確認のためジョイント部分に石鹸水を塗り、泡が大きく膨らむことで目視確認。
さらに買ったばかりのカスストーブは安全のため、修理が終わるまで使用停止のタグを付けられた。」
「修理は大阪ガスで手配できますが、出張費とか費用が掛かります」て云われた。
「これ買ったばかりですけど、修理費掛かるんですか?」て云うと。
「それなら買われた店で、交換できるか、確認されたほうが早いかも知れません」て云われたんで。
「当然、そうします」
その場でミドリ●器に電話。
「買ったばかりのガスストーブから、ガスが漏れてるんで、交換して」て云うと。
ミドリ●器の担当者が「・・・・ガスストーブからガス漏れですか?」
「ガスが漏れてるって?それは大阪ガスが作っているので、そんなはずは無いと思いますが?」
「ガスが漏れてるって?何で調べられました?」と
買ったばかりのガスストーブからガス漏れって、ありえへんと思おたんか、
量販店の担当者は、少し小バカにしたような電話対応や。
頭にきて
「大阪ガスが緊急車両で来たんや」
「大阪ガスの人間が、ガスが漏れてます、て云うてるんや」
「大阪ガスの人間が、この器具は、使用停止にします、て云うてるんや」と
大阪ガスの社員の前で、デカイ声で云うたった。
するとミドリ●器の担当者が、
「・・・・・買われて1ケ月以内でしたら、無償で交換しますので、必ず1ケ月以内に当店にお持ち下さい」
て、謝ることも無く云いよった。
確かにミドリ電器の店員は、単に売ってるだけかも知れん。
しかしヘタすればこっちはガス中毒かガス爆発で死ぬ可能性もあったんやが。
「クソ寒いのに1ケ月も待てるか、直ぐに行く」て云うたった。
新品のガスストーブからガス漏れって、大阪ガスもエエかげんにせなアカンわ。
それと、ほんま舐めたミドリ●器の店員やったわ。
死にかけたと云う事を考えると、ほぼ1年前や。
マイキー自宅の階段から滑り落ち、後頭部と背中などを激しく強打した。
外傷的にはろっ骨を折っただけで済んだんやが。
頭を強打した時の、妙な感覚は今でも覚えてる。
目からは星が飛び。頭の中か口内に苦い汁の様なもんが出て、その苦味を頭の中か舌で感じたわ。
それはマイキーには、痛みを和らげるモルヒネのように感じたわ。
ただ寒い玄関のかまちの上で、骨や皮膚、筋肉の激痛は収まらず、苦しみでしばらくの間、身をよじっとったが。
密室の死亡事故の発生の可能性やった。
今回もその再来にも思えたわ。
マイキーにとって、2月って命の危険のよくある月やなと思うた。
ジョイント部分を、石鹸水で鼻ちょうちんみたいに膨らむことで、ガス漏れを確認
ちゃんこ両国 | 2012年 2月 8日 |
久々御前様 |
ちゃんこの両国はマイキーにとってランチの★★★★四つ星の店。
久々に夜に食事で行く事になった。
夜に行くのって、何年振りやろう?という位ご無沙汰。
両国のちゃんこ鍋と云えば白濁したスープ。そんでいて以外にもアッサリとした味で、何ちゅうてもつくねが美味い。
集合は6時30分。
既に鍋がスタンバイ。付けだしはヒジキ。写真は2人前の量です。そんで小鉢に入ってるのがあのつくね。
平日という事もあり店は空いていた。
スープの白濁の印象は?白では無いな〜。
記憶てそんなもんかもしれんな。昼間のちゃんこと同じ色やった。
その他の具材は豚肉、鶏肉、油揚げ、玉ねぎ、ネギ、白菜、大根、シメジ、モヤシ、エノキといった感じ
鍋が煮あがるまで、お勧めのまぐろとハマチノ2種盛を注文。
そんで「生2つ」と注文したけんど、両国には生ビールは無く瓶ビールしか無いようやった。
記憶に無いな〜。
京都市中央卸売市場の隣に店があるわりにしては、おすすめの魚の鮮度がヨー無かったわ。
でも鍋はエエわ〜。そんでつくねが美味いわ〜。
酔っててヨー覚えてへんけど、8時位で「ラストオーダーです」て云われた。
夜遅くまではやってへんようや。
2人で瓶ビール1本と、麦焼酎のお湯割りを3杯位ずつ飲んだかな。
それで1人当り5000円程やった。
御馳走さん
もう家に帰ろうと店を出た。
金が無いんでバスで帰ろうと思おて、四条大宮のバス停まで歩いたんやが、外が寒いねん。
歩いとったら酔いが醒めてもうた。
中央市場から四条大宮までエエ距離もあるし、寒かった。
そんで久々に祗園のスナックでも行こうかと思うたんが、これが間違いの始まりやった。
1軒目のスナックで遅くまでおって、焼酎を結構飲んだわ。
そんでボトルも入れ直すことになり17,000円ほどやったかな?
店を出たのが1時位やったかな、もう1軒行くか?となって次にバーに行く。
そのバーがエー感じのバーで。
そのバーテンさんも控え面で、知識も話題も豊富。
久々に神社の話から、古代史の話が出けたんわ良かった。
ほんでデーターの中になんでピザの写真があるか判らんわ?
食ったんかな?記憶無いわ(´д`)。
マイキー飲みに入ると、後は何も食わんし、〆のラーメンとかも食わん?
このバーで最初はジントニックを2〜3杯飲んだかの?
その後お勧めということで、アイラモルトと云うスコッチの原酒、56度を頂く。
キツーイわ〜。
マスターが香りがすばらしとか、おいしいでしょうと?とか、この原酒を扱う店は他には無いというような話をされたが
マイキーにはちっとも判らんかった。当に豚に真珠やわ。
ココで2人で10,000円程支払う。
家に帰ったら、3時過ぎとった。
ほんで久々にベロベロや。
それでも7時過ぎに目が覚めて、今日は資源ゴミの日なんで空き缶の入った袋を探すが無い??
酔うてて覚えてへんが、寝過ごして忘れんように、3時過ぎに帰った後ゴミを夜のうちに出したようや。
酔ってるようでしっかりしてる一面の顔を持つ。
酒が残っていて、1日仕事にもならんし。食欲も無いし、何ちゅうても財布もマジ空けつ。
後悔とため息しか残らんかった。
静岡県島田市 | 2012年1月25日〜27日 |
見どころたくさん |
親戚に不幸事があり、静岡県島田市へ行ってきた。
過去に何度か行ったことはあったが、ゆっくりとその近辺を観て廻った事は無かった。
今回は十分な時間が取れたんで、その近辺を見て回ることが出来た。
静岡県島田市と云っても、市町村合併により島田市になったんやが、訪問先は金谷町と云った。
金谷町は旧東海道の元宿場町。
滞在中、さすが静岡県。雪を被った富士山が良く見えた。
しかし写真を撮ろうとした時は、晴天やったが、富士山はガスで少しかすんでいた。
裸眼ではしっかり見えたんやが、デジカメでとると下のように残念な結果に。
日本人やな〜富士山を見ると何かうれしいわ(*゚▽゚)ノ。
大井川を挟んで手前が旧金谷町。川の向こう岸が旧島田市。 富士山が見えたんやが、デジカメでは残念なことに。
金谷町は東海道の大井川にある元の宿場町。牧之原と云う直ぐ近くの台地ような上から眺めると。
金谷町というのは大井川の流れる谷底に広がっているように見える。
実際、牧之原から急勾配の道を下ると、JR金谷駅を過ぎて一挙に市内へと降り着く。
旧金谷町と旧島田市の間に流れるのが大井川。そこに水色に塗装された連続トラス橋がある。
つまり、この橋を渡ると島田市になる。今では金谷町も島田市になってしもうたんやが。
この連続トラス橋、全長1026mもあり、車を使っても、橋を渡った感を十分感じる長さがある。
この長いトラス橋の姿が、力強いレトロ感があってエエわ。
旧島田市側の河川敷に公園があった。
橋の写真を取るために、大井川の水辺近くまで行ってみた。
その日の大井川は、水幅は無いが結構な水量が流れとった。
護岸は川石で野面にきれいに組んであったが、川の中のにもおなじような丸石が一面に広がる。
昔はこの大井川を草鞋で歩いて渡ったんだな〜と想像すると、当時の難儀ぶりが偲ばれるわ〜。
靴ででも歩き難そうやで〜。歩き難くそうな石がゴロゴロしてるいし、対岸までの距離が遠い。
おまけに水の流れるところは、夏は気持ちいいかも知れんが、冬はさぶいで〜。
川越や代官町などの残る地名も、歩きの東海道の当時をしのばせてくれるわ。
東海道五三次の金谷宿の様子 旧1号線に掛かる大井川橋
牧之原から金谷町へ下る坂の道中に、「旧東海道石畳」の標識があったんで行ってみた。
その石畳敷きの道の入り口には、車が先へ入って行かんように、和家社長の大好きな木製の「車止め」が設置してあったわ。
しかしここの石畳み、想像してたんとだいぶ違うわ。
石畳云うたら街によく見かける、四角いフラットな感じやと思おたが、丸い川石が敷いてある。
石の丸い面がデコボコしとるんで、皮靴やったんでかなり歩き辛いわ、何度もずっこけそうになった。
おまけに道に勾配があるんで、雨が降ったらコケて頭打ちそうやわ。
ある意味でスリル満点の石畳。
目印の道路標識 旧東海道の石畳の上り口、木製の車止めが設けてある。
この石畳みの入口から、10m程に「石畳茶屋」と云う休憩所があり、さっそくも休憩。
エエ感じの庭園と古民家風にこしらえてあって、見た目は良かった。GJ
お土産売り場や、無料の休憩場所や資料室があり、まま適当な時間つぶし。
寒かったんで、庭でも眺めながらカフェでも、まったりと頂こうかと思おたが、さすが静岡県。
コーヒーが無く、極上煎茶セットが300円やった。お茶だけでも飲みたかったけど、羊羹みたいなんが付いとった。
お茶はエエが、羊羹を食べるとマイキーの場合、トイレが心配になるんでパス。
甘酒が1杯150円やったんで安いな〜と思おたが、この後もハンドルを握らなあかんので、これもパス。
売店に「すべらずの茶」と云う合格祈願のお茶を売っていたが、と云う事は、やっぱりこの石畳み滑るんやと思おた(*゚▽゚)ノ。
休憩所ではお土産を買う事も無く、何かを飲み食いする事も無く石畳茶屋を満喫。
この石畳は全長430mもあると書いてあった。近年30m程しか残っていなかったのを、平成の道普請で復旧させたようや。
結局100m程まで歩いたが、歩き難いんでパス。
石畳みに敷いてある丸い川石が、茶畑の石垣とかでもあちこちに使われとった。
なかなか無いで、この様に揃った丸い川石。
これも「大井川の恵み」なんかな〜と思おた。
石畳茶屋。お手軽価格で見た目も中も充実 旧東海道の石畳み、とっても綺麗で、デンジャラス。
せっかくの静岡県。茶畑の写真でも撮ろうと牧之原へと向かう。
途中に「お茶の郷」の標識があったんで行ってみた。
さすが静岡県。美味しいお茶の試飲をさせて頂けるんかな?と思い行ってみた。
白い立派な建物で駐車場も広い。しかし入場料大人1人600円。
この施設は、金を取るんかと思い、ココはパス。
直ぐ近くに栄西の像のある公園があった。正確に覚えて無いけど富士見公園やったかな?。
臨済宗の開祖の栄西像があるんで、勝手に牧之原が出身地かなと想像しとったら、そうじゃ無いようや(,,-_-)。
お茶を飲むことと、茶の木を中国からもたらしたと云うことで、お茶の産地の静岡県牧之原に像を建立したようやった。
この栄西像は富士山の方向で無く、御前崎の先の太平洋を望むように建てらていた。
この公園に富士山を眺める定員6名の鉄塔の展望台があったんやけんど、
マイキー1人昇っても揺れてて怖いし寒いし。
ココからは大井川や金谷町が眼下に望め、正面に富士山がうっすらと見えた。
それに ココ牧之原は、丘陵地に一面茶畑が広がっとる。
この景色も他ではあんまり見られん感じやね。新緑の頃はもっと綺麗やろうなと思おた。
遠く北の山の山腹に「茶」と読めるように植樹しとった。京都の大文字みたいやった。
栄西像、富士山の方向で無く南の御前崎の方に向って立っている。 「茶」の字で木が山腹に植えてある。
富士見公園を出た後、諏訪原城跡へと向かった。
城跡と云うことで石垣を組んだ良くある城跡を想像していたがだいぶ違ごうた。
茶畑の中に城跡はあり、ちょうど島田市教育委員会が発掘調査をやっとった。
歩き回っても何処が城跡か全然判らんかった。
発掘調査の作業員に聞くと、えぐれている処が空堀で、平らな所を掘ると建物の礎石が出てくるらしい。
この諏訪原城は牧之原の台地の崖の一角に、崖をバックに台地側に空堀を巡らす構えの城。
甲斐の武田勝頼が築かせた城で、城内に諏訪大明神を祭った事から諏訪原城と名付けられたと云う事まで判った。
その礎石にも例の丸い川石がよーけ使こうてあったわ。
その事も聞いてみると、牧之原は隆起して台地になったようやった。
元々は大井川の場所にあった川底が隆起したんで台地側でも例の川石がたくさん出るようです。
なるへそ合点。
寒い中話を聞いていると、彼方より「ブォー」と云う汽笛が聞こえた。
その音を聞いた瞬間に思い出した。
金谷町と云えばSLやん。
蒸気機関車の走る大井川鉄道の起点駅のある場所。
10年以上前に来て、金谷駅からSLに乗り千頭まで行き、中で配られた弁当を食べた記憶。
汽笛一発で思い出した(*゚▽゚)ノ。
さっそく行かねば。
島田市教育委員会の発掘調査の様子。左手の崖も人の手で掘られた空堀。 3号堀は長さ700m幅14mの水堀。人の手で掘られました。スゴイ
諏訪原城跡から一挙に台地を下り降り、新金谷駅へと向かう。
道路標識を頼りに行ったんやが、駅前が判らず迷いに迷う。
10年程前に来た時は、観光バスで乗り付けたんで、さほどの感想も感じかったが。
改めて自分で来てみると、駅舎のレトロな感じがエエね!!GJ
11:00頃に行ったんやが、肝心の蒸気機関車がおるか心配やったけど・・・・
駐車場の奥へ奥へと行ってみると。
おった(*゚▽゚)ノ
車庫に2機と、手前に1機の、合計3機のSLがおったわ。
その内の手前の1機が「プォー」と汽笛1発。
蒸気を吹きながら、駅の方に移動を始めた。
いきなり動き出したんでカメラカメラで大慌てや。
11:40分。新金谷駅を出発の準備をしとるようやった。
運が良かったわ、SLが動くとこも見る事が出来たが、重量感があってエエなと、改めて思おた。
京都に帰らなあかんので、乗ることは無かったんやが、もう一度来て乗ってみたいと思おたわ。
大井川鉄道の新金谷駅 このさびれた感じがエエわ〜。 出発進行
親戚の不幸事と云うことでの、静岡県旧金谷町やったが、盛り沢山の見どころやった。
新年明けましておめでとうございます。
田舎での年末年始 2011年12月31日〜2012年1月4日 食う・ゴロ寝・酒
本年もよろしくお願いします。
今日で1月7日になるが、年末年始のようにダラダラしとって、もう10日以上もHP(ホームページ)のアップも更新もしとらん。
そんでまずは、去年の反省から。
去年は散々な1年やった。偶然おった東京で、東北大震災にも会うて、マイキーの人生観も変わった。
この世に生きているというより、生かされているんだな〜と、再認識させられた。
そんで心的な変化があったんやが、仕事では当初の成果が得られたのか?と自問自答すれば・・・・・。
散々や。
仕事の成果の上がらなかった原因を探ると、当初の目標設定があいまいだったことに尽きるのかな。
定量的な評価が出来る目標設定がなされていなかった。
そんで、今年はやるで (*゚▽゚)ノ
今回は12月30日から1月4日まで故郷の四国は伊予の南予に帰省した。
1年間に3・4回帰省するんやが、帰っても特段何をすると云う目的は無い。
まずは松山道にある石鎚山サービスエリア。そこに併設されているオアシス内の「椿温泉」で、京都からの道中の汗を流す。
この椿温泉、高速道路から降りることなく、入れるんで最高。
おまけに大人1人の入湯料が400円と激安。
シャンプーや石鹸が中に置いてないんやが、安いわ〜。
おまけに12月30日ということもあったんか、ガラ空きの状態やった。
サウナにもはいり大満足。
瀬戸大橋の上。 「椿温泉こまつ」高速道路に乗ったままで入ることがでける。
12月31日
毎年親戚から頂いているハマチを、刺身用に捌く。
大晦日の夜の酒のアテと、お正月の皿鉢の下準備ということで、例年より1日早く出刃包丁を手にする。
例年の様な、雪の舞う寒さは無いが、12月31日の屋外での水仕事はさぶい。
出刃包丁で、まずは頭を落とし、身を3枚におろしす。身を中骨の位置で更に切り分け、合計4つの冊にする。
ここから柳刃包丁に替えて、皮を引き、その後刺身に切り分けていく。
刺身のケンが無いんで、寂しい感じ感じやが完成。
その後巻きずしも作る予定やったが、石油スト―ブに灯油を入れたときに手が油まみれに。
手を洗ったが灯油臭さが消えんので、巻きずし作りは諦める。
1月1日 元旦
例年のように両親や兄夫婦姪娘らと歳をとる。
おせちとして頂く皿鉢料理も例年通り。
みからしという皿鉢。辛い辛しを付けて食べる郷土料理。フカという鮫を頂きます。味は無臭淡白。
両親の作ったお餅。モロブタと云う木製の長方形をした浅い器に並べてあり、モロブタを積み重ねて屋内に保管してあります。
その丸餅の入った、すまし仕立ての田舎のお雑煮(ピンボケ)。
そこに2個のお餅が入っています。元旦はそれをお替りしたんで、計4つ。
翌日にもお雑煮を頂き、お替りをしたんで、計3つ。正月の3日目にも2個のお餅を食べた。
そんで、正月の3が日で9個の餅を食った。
元旦と2日はTVのマラソンなんかを見ながら、食って飲んでの寝正月。
1月3日
メールをチェック出来なくなり5日目、実家ではPCのメール確認が出来んので、隣町である八幡浜市にあるネットカフェに行き、メールをチェック。
その後、初風呂を浴びに更に隣の伊方町にある、亀ケ池温泉に行ってみる。
この伊方町には四国唯一の原子力発電所、伊方原子力発電所がある。
亀ケ池温泉は、随分と辺鄙な、しかも判り難い海辺の場所にあった。入湯料は大人1人600円。
露天風呂にはいると黄色い石が湯船の中央に鎮座。
効能書きによれば、滋賀県の「長命石」という鉱石でラジウムという放射能が出ているらしい。
その鉱石を温泉に入れると、ラジウム温泉の効果があるそうだ。
山を越えると原子力発電所がある場所に、わざわざ滋賀県からラジウムを放出する長命石なる石を置いている。
福島原発のセシウムの量がニュースになる時勢に、このラジウムと云う放射能は健康に良いと云う魔可不思議さを感じた。
亀ケ池温泉 トップが青い円柱形なのが原子力建屋。合計3つ直ぐ近くに見られる。
日が落ちるのが早く、夕日が綺麗やったんで、ポジションのエエ場所で写真撮影。
1月4日
帰省の交通渋滞を避け、1月4日までゆっくりと実家で過ごさせて頂いた。
雪模様の天気予報やったが、朝起きても雪は降っていなかった。
遅めの朝食を頂き、帰る支度を始めた頃から雪が降り出した。
雪が降っても積もることはあるまいと思ったが、あれよあれよという間に真っ白な雪化粧。
ノーマルタイヤで京都に向い出発。大洲市の高速道路に乗った頃が降雪のピーク。
高速道路で、ノーマルタイヤで怖い怖い。その後高速道路が通行止めになったが、既に乗っていたため走ることが出来た。
東予市を通る頃は、雪も降っておらず渋滞も無く無事京都に帰る。
前日はこんなに良い天気の伊予灘 一夜明けると、この天気。