2010年
忘年会 | 2010年12月28日 |
光悦(京都市下京区西洞院通松原下る東側) |
仕事納めも終わり、忘年会に行ってきた。家を出てしばらく歩いてカメラを忘れたことに気が付く。
時間がギリギリだったんで、家に引き返すかどうか迷ったが、結局カメラを取りに家に引き返す。
その結果、7人が集合する忘年会に、一番の若造のくせに遅刻する結果になった。 ・皆さん遅れて申し訳ございません。
西洞院通松原下る場所にある、光悦会館で忘年会は行われた。しかしそんな場所に料亭があったのかな?と過去の記憶を探りながら到着。
初めての場所だったが、飲み放題で5,000円。
この飲み放題、宴会場にある冷蔵庫から冷えたビールを勝手に取り出して自由にやれる方式だった。
店側は予算に見合った料理を運んでくるだけで、後は勝手に自由に飲むことが出来た。
お酒はビールのほかは、日本酒と焼酎など。その他にサワーなどを自由に作って飲むこともできた。
付け出しなのか、唐揚げと枝豆が既に用意済みで。宴会は始まった。
![]()
次に運ばれたのがお造りの盛り合わせとふぐ刺し。7人に対して大皿が2皿ずつ。
マグロの大トロと中トロの厚みのあること。分厚いしメインの様に量も多い。美味い、美味すぎる。(*゚▽゚)ノ
![]()
その後直ぐに鯛の焼き物が出される。これも美味い。1人
![]()
次に出てきたのがお寿司。これも7人に2皿です。
これはいま一だったかな。まず彩りと盛り方が悪い、赤と緑を入れなきゃ。赤い物はマグロとか中トロを。でもトロはお造りでようけ出てる。
ならハマチとかでも良かったかな?緑はキュウリでも良いし、食べれないバランでも良かった。白いネタが2種類あった。1つはイカで、もう1つは千枚漬け。
美味しいけど彩りに難があった。
![]()
最後に出てきたのが赤だし。
写真撮るの忘れた。鯛のアラが入っていてすごく美味かった。
年賀状 | 2010年12月25日 |
筆ぐるめVer17 |
今年の年末は、特別忙しい訳でも無かったが、年賀状の作成が遅れた。
友達も少ないし、付き合いも狭いので作成する年賀状の枚数は知れている。25日までに出すとお正月には間に合うらしい。
しかし年賀状なんて1日もあれば完成すると思っていた。おまけに年賀状を買うのも遅れたが、買った時になって、重要なことを思い出した。
し・しまった煤i ̄□ ̄ノ)ノ
今年はパソコンが新しくなっていたんだ。(´д`)
確かに年賀状は1日で充分に作成可能だ。しかしそれはPCを利用しての話だ。
PC内に過去の住所録があるので、宛先は簡単に追加や訂正が可能だ。年賀状の裏面は、デザインをネットからDLすれば事足りる。
更に今年は10月に、新しいマルチ型のプリンターも奮発して買ったので印刷時間も早く、しかも綺麗だ。
後はオンデマンドだ。
ん〜・ガ〜 ( ̄◇ ̄;)
その大切な住所録のデータは、壊れた古いPCの中にあり、取り出すのほぼ不可能に近い。
ついこの前も、PowerPointのデータを取り出そうとしたが、出来なくて、もう1度初めから作り直す羽目になった。
しかし一から年賀状の住所録のデータを作るなんて大変だ。
古いPCを引っ張り出し、ACアダプターから電源を供給するが、起動の途中で電気の供給が止まるようで、「ピ」と云う音と供にストップする。
パソコンの電気の入り口のコードをクネクネして、なんとか電気が通るのをサーポートする。
しかしうまく起動出来ても、常にパソコンの電気のアイコンには×印が付いて、「電気を供給しろ」のサインのままだ。
しかも本体の電気の表示もオレンジのライトが点滅を繰り返すする状態で、「電気が無いぞ」と知らせてくれる。
そして前触れも無く、「ピュ」と鳴って画面が真っ暗になり止まってしまう。
何回か同じことを来る返したが、やはり古いPCからデータを取り出すのは無理だった。_| ̄|○iii
PC本体に入電が出来ないので、手の出しようが無い。
そこでデータの取り出しを諦めて、頂いた年賀状を頼りに、初めから住所録を作り直すことにした。
今までは「筆王」と云うソフトを使っていた。新しいPCにプレインストールされているソフトは「筆ぐるめ」だ
初めは入力にすこし戸惑うが、機能はほぼ同じなのでスピードアップした頃だった。
郵便番号から住所を変換した後、急に「筆ぐるめ」が強制終了した。
あ・やばい煤i ̄□ ̄ノ)ノ
厭な予感がして、再度筆ぐるめを立ち上げ、登録された住所録を見ると、最後の5件ほどのデータが保存されていない。
「ふざけやがって、このクソ パソコン」(・`□´・)
と思いながら再び、住所録に登録を始めた。
しばらくたった頃だった。また急に「筆ぐるめ」が強制終了した。
あ・・・・・「余計な手間を取らせやがって」![]()
と、1人パソコンの前で1人怒り狂う。
どうやらハグの様だ。「筆ぐるめ」のソフトに郵便番号から住所への変換時において、不具合があり、
どうやらそれが原因で強制終了を繰り返す様だ。
時間も無い状態。切羽詰まった状態で住所録を作っているのにデータが保存されない。
バッカヤロウ!!! _| ̄|○ii
ユーザーとしては別に使いたいわけでもないのに、オールインワンでプレインストール済みの「筆ぐるめ」を使ってやっているのに、
こんなハグのあるソフトをインストールしやがって、と怒りの矛先は富士通のFMVに向かう。
このふざけたソフトをインストールしているのも富士通なら。
電気が入電出来ないパソコンのメーカーも富士通だ。
手間取らせやがって。「富士通」のバッカヤロウ
東 京 | 2010年11月〜12月 |
東京都内の各所 |
11月から12月の中旬にかけて、ほぼ毎週のように東京に出張した。その目的は建築系の見本市への出展及びその後のフォローの営業。
東京へ行くのは久々で、少しドキドキしながらも、大都会での営業の、期待で一杯の出立だった。
東京では知り合いもコネも無く、新規の開拓営業になる。頑張るぞー(^O^)/お〜
お金が無いので、移動の基本は夜行バス。宿泊はカプセルホテルなどに2〜3泊して、週末に京都に帰ると云うスケジュールの繰り返し。
この生活リズム。重ねた年のせいか、怠け癖か異常に疲れる。
正直、夜行バスで帰ってきた土日は、何もやる気が出ないくらい疲れが残る。(/x_x)/トシやな〜
体が痛いのと、ダルさが残る。そこで更に場合によれば、月曜日も潰れる。
京都駅前にある京都タワーの夜景。2人で見ればきれいかも知んないが、1人で見るとさびしい。
その東京への出発はいつも夜。京都タワーを眺めながら、夜の11時前後にJR京都駅前をウロウロしながら、夜行バスの出発を待つ。
このバスを待っている間はとても心細い。
座って時間を待てるお店も無いし、周りは暗いし寒さもあり、明るいコンビニの前でワンカップやカップ入りの焼酎を飲み、バスの時間を待つ。
その一方で、同じように週末に新宿で夜行バスを待つ時は、さすが新宿。カフェやマクド
などがいくらでもある。
バスの出発時間まで座って時を過ごすこともできる外、家に帰れると云う気分もあり、同じ時を過ごすにしても随分と違う。
東京では初めに、JRの上野駅に6:30頃に降り立つ。そこから御徒町と云う1つ隣の駅まで歩き、24時間営業のサウナに浸かる。
サウナの目的は営業マンとして、身支度を整える事にあるが、夜行バス泊は狭くて寝られないこともあり、仮眠場で2〜3時間仮眠
を取る。
何回か東京に来るうちに、そのスタイルになった。
その後は、東京の地図を持って都内を今日は品川、明日は池袋と云う具合に大まかな場所を決めて、東京メトロを主に利用し、鞄を
手に、歩き廻る。
気のせいか、東京の12月は4時になるとかなり暗くなるので、その辺りの時間で営業を切り上げ、宿泊先であるホテルに向かう。
しかし、かなりの距離を歩いているせいか、足が痛くホテルへの足取りは、いつも少し足を引きずりながらだ。
ホテルと云っても、朝に訪れた24時間営業のサウナである。そこはカプセルホテルを併設しているので、夜はカプセルホテル泊
になる。
サウナに浸かった後は、サウナ内で食事やビール
も飲めるが、この定宿のある、御徒町の周辺には飲食店も多い。
直ぐ近くにはアメ横や上野仲町と云う飲み屋街もある。
夕食がてらに夜の街を散策する事も出来るので、お金があれば結構楽しい
場所だ。
東京を歩き廻っての印象は、東京は随分と坂の多い所だ。赤坂なんて歩いてみて、なるほど赤坂と云う地名の一端を感じるほど坂が多い。
お茶ノ水や五反田の辺りも坂が多かった。
地名以外にも、道路に「坂」の名前が付いている。芋洗い坂、袖振坂、東郷坂に傘谷坂。それ以外ににも地図では解らなかった坂道が随分とあった。
東京はもっと平らな地形と思っていた印象は大きく崩れた。毎回カプセルホテル帰る頃足が痛くなる原因の1つでもある。
それと富士山が良く見える。東京にいるときの天気が快晴
だったでいか、あちこちで富士山を眺める事が出来た。
その富士山も、遠くにかろうじて見えるのではなく、以外にも近く、大きく見えるのにも驚いた。
東京に来るようになる前、NH●で「坂の上の雲」の再放送が始まった。そこで20数年振りに、本棚より司馬遼太郎の本を探し出し、再び読み返した。
「坂の上の雲」の主人公である正岡子規。そして秋山兄弟の出身が松山である。
マイキーも伊予の出身。「坂の上の雲」は同郷の偉業の印象とバルチック艦隊を日本海に全滅させた、痛快さを感じると云ったイメージだった。
しかし今回、全く別の感傷を持って読破した。
その1つが「坂」。初めて読んだ時は、マイキーもまだ伊予にいた頃で、題名の「坂の上の雲」の坂は、主人公の故郷にある松山城に登っていく、その坂道を指すものと確信していた。
しかし今回、東京を歩き廻って、この「坂」は東京のどこかの坂道ではないかと思ったことだ。
2つ目が東京の地名。「坂の上の雲」を読み進めるうちに、主人公が松山を出て東京に移り住んだ先の地名だ。
正岡子規が当初住んだ日本橋浜町、息を引き取ったのが上野の根岸。
秋山好古の住んだのが、当初が麹町3番町その後四谷信濃町。秋山真之の住んだのが芝の高輪だ。
マイキーにとって何の縁も無い東京。しかしそれらの地名が文中に出たとき、しかもその場所を先週や3週間前に地図を片手に歩き廻った事を思い返し、
彼らがあんなところに住んでいたんだなーと、地名と共に親近感を感じたことだ。
何の縁も無い街の東京。東京の点と点の地名地域だが、自身が歩いた場所、「坂の上の雲」の主人公が住んだと云うことで、妙に印象強く感じた。
それ以外も営業の傍ら、お昼の時間や営業回り終了後、観光らしきこともしてみた。
![]()
浅草(あさくさ)の浅草寺(せんそうじ)の前の仲見世。観光客で一杯です。 雷門 京都にいると大きい社寺には慣れていますが、確かにデカイ
![]()
上野公園にある西郷隆盛像 上野駅から御徒町駅の間にあるアメ横。高校の修学旅行以来。
![]()
東京メトロの浅草駅を出ると、工事中の東京スカイタワーが見える。既に500m超え 渋谷駅前のハチ公像 ハチの金●がでかく。撫ぜるとご利益がるのかピカピカだった。
![]()
九段下の靖国神社。日本の為に殉職された英霊に感謝。 昌平橋通をホテルに向かい歩いていると多くの警察官。何?と思っていると天皇
皇后さまでした。車からにこやかに手を振っておられましたが、写真はこのザマです。
資格試験 | 2010年11月14日 |
知的財産管理技能士2級 |
11月も半ばの日曜日、今年最後の資格試験を受けた。試験会場は京都大学の吉田南構内にある、「共北」と云う名前の校舎。市バスに乗りやって来た。
ここ最近は東京に居る事が多かったせいか、週末ごとに京都に帰ってくると、街はすっかり秋の色を濃くしている。
![]()
百万辺と云う京都大学周辺 吉田南キャンパスの共北校舎
受ける資格試験は知的財産管理技能士試験と云う国家資格。3級は既に取得済みだが、今回で2級試験は3度目となる。
この試験は各級ともに、学科と実地の2科目を合格してOKとなる。2級の実地試験は一発で通ったが、学科試験は2度立て続けて落ちた。(´д`)ハァ〜
云い訳になるが、仕事が忙しくて、中々参考書を開くこともままならない。
今週も金曜日まで東京で営業回りをして、その後は夜行バス京都に向かい、翌土曜日の朝6時に京都駅に着いたのが先ほどの様に思われる。
疲れていたので、受けるのを止めようかとも思ったが、お金を既に支払っていた事と、マークシートであるので、わずかな可能性だけでの受験となった。
前回も京都大学での受験だったが、その時は年季の入った古い教室だった。しかし今度の試験会場は新しくて綺麗だ。
![]()
共北の吹き抜けの様子 私学の様な華やかさ 試験を待つ教室の様子
校舎の入り口で受験番号と教室の割り当てがあった。それによれば、1級の受験者は22人。2級が134人。3級が247人がこの京都大学で受験する。
皆頑張ろうね!
2級を受けるマイキーの教室は「共北32」で3階であった。
試験は13時より14時までの1時間だが、今更手遅れなので参考書を見る気にもならない。30分ほど他の受験者の様子を観察して気が付いた。
どう見てもマイキーより歳上の受験者はいない。と云うか廻りは学生のような若い奴ばかりだ。
奴らも思ったに違いない、マイキーを見て、こんなオッサンも受けるのか!!と
しかも優秀なことに、この教室の欠席者は0ゼロだった。
そして年明けの1月11日には不合格の発表がある。
弾丸帰省 | 平成22年10月 6日 |
商品の写真撮影 |
開発中の製品がようやくと完成した。次に大至急でやらねばならないのがその製品のパンフレットを作ること。
そのパンフレットは、完成した製品の写真待ちの状態まで、既に仕上がってはいる。その写真を撮る為に愛媛県宇和島市に向かった。
時間的にはタイムリミットまで3日しか無い。
前回はお金が無いので、自分で製品の撮影をした。しかしそれが大失敗だった。
ステンレス製の物を写真で撮ると、その製品の本体に背景が写り込む。あるいはステンレスは銀色なのに、写真を撮るとこげ茶色に写る場合も多い。
そんな写真を使ったパンフでのPR(営業)中、「汚い色しているな!こんな色のもの使えん」と云われたことがあり、汚く見えているのか?
と認識させられた事があった。
そのため今回は、絶対にプロの写真家に撮ってもらいたかった。
同級生の清家叔彦と云う、地元で活躍するプロのカメラマンに、京都におけるプロのカメラマンで写真撮影の相場を聞いた。
すると、対象物や、スタジオの有無などで費用はピン切りらしい。さすがに詳しい。全く知らない世界の相場だ。
色々と相談するうちに、自分としては、どうしても地元に残り活躍する、プロの清家叔彦に自分の開発した製品の写真を撮ってもらいたくなった。
ぜひ撮ってくでお願いしますだ。
撮影の計画は、早朝京都を出発。車にその製品を乗せて宇和島に向かい夕方に到着。清家プロに撮って頂く。
実家で1泊させてもらい、翌日の朝出発し、夕方京都に舞い戻る、弾丸のような強行軍だ。
![]()
![]()
宇和島市島津町の温泉「やすらぎの里」
![]()
牛鬼の頭だけ外されよく見えるようになっていた 牛鬼の胴体棕櫚の皮製の物と、赤い布の2体、大きさは長さ8m、高さ6mほど
宇和島に到着後、写真撮影の前に製品の作動の確認調整すると重大な不具合を発見した。
少し半泣きになるが、とりあえず写真だけはどうしても撮らねばならない。
その不具合が判ったのが遅い時間だったので、翌日に近くの鉄工所に製品を持ち込み、調整を行う必要ができて、写真撮影は翌日に延びてしまった。
うまいこといかんの〜Σ( ̄ロ ̄lll) .... また1日もロスした。
しかしその結果として、自分の知りうる限り世界でも初めての製品を、自分の次に両親に見せる事が出来た。当然義務守秘も加えて。
ご両親はよく判っていないかもしれないがそれ「世界初」ですから。
その後、1日の時間が出来たので、宇和島市内などを観光する。「やすらぎの里」と云う島津町にある道の駅にある温泉に浸かることに。
まだ新しく露天もあり、それが広くて、平日の昼間なので入湯客も少なくのんびりとして良かった。しかもこのお湯がヌルヌルした感じで、まるで
鳥取の三朝温泉のような感じがした。それが600円であじわえた。
夕方、目的だった清家淑彦カメラマンに、遅い時間まで色々なカットをプロの視点で見て撮ってもらった。
自分ではさすがにそんなカット撮れん。さすがプロ。忙しい中、本当に感謝感謝です。
良いパンフレットが必ず出来ると思う。
![]()
今回は四国のグルメらしき物を食べていないので、京都への帰りに、高松道の津田の松原サービスエリアで讃岐うどんを食べる。
「あなぶき家」と云ううどん屋さんはセルフサービス。黒いドンブリにうどん玉が入れられている。そのうどんは普通が290円で大が390円。
そのうどん玉を勝手に取り、自分で湯煎する。そのまま出汁を注いでも良いが、目の前に並べられたネタに思わず手が伸びる。
主なネタの値段は、エビ玉かき揚げ160円 エビ天150円 ちくわ天130円 じゃこ天180円 うずらウインナー150円 コロッケ120円
メンチカツ100円 かぼちゃ天100円 イモ天100円 レンコン天100円 イカ天100円 キツネ60円 生たまご50円です
一方、ネギ 天かす おろしショウガ の3つは無料です。
一番高いのはジャコ天で180円、ちくわ天も130円もした。その割にイカ天は100円。練り物が高いと云う現象。
ただネギだけはレジのおばさんが管理していて、好きなネタをうどんに載せレジに行くと「ネギいります?」と当たり前の事を聞かれ
「ハイ」と返事をするとTさじ
のみ入れてくれた。今年は暑かったのでネギが高いのかな?
その後、出汁を自分で注ぎ、完成です。
選んだネタは、きつね60円とちくわ天130円、ネギとショウガ無料、そしてうどん290円です。その合計は480円
![]()
おにぎり200円 いなり寿司200円 バラ寿し200もあります。 完成品
いりこの出汁と云うより,、サバ節の出汁ような感じだった。しかも湯煎が足らなかったのか、全体がぬるい感じだった。
上賀茂神社 手作り市 | 平成22年9月26日 |
京都の秋の日曜日 |
天気がいいので、京都らしい物や場所や風景の写真を撮りに、デジカメを片手に家を出た。とりあえず賀茂川まで行き、橋の上から写真を撮るが、
そこはさすが、安物のデジカメ、思うようには撮れん。
進路を変え上賀茂神社の近く、社家の辺りに向かう。しかし工事中であったり、車が停まっていて、おまけにカメラの腕もたいしたことがないので、
京都らしいとは言い難い、ゴミのような写真しか撮れなかった。
しかし水路越しに、石橋が渡され土塀が居並ぶ景観は中々のもんです。
また流れる水の綺麗なこと。
おまけに舗装がちょっと変わっていて良かった。こんなもんに興味を持つなんてかつての職業病かな?
次に上賀茂神社に向かうとすごい人。天気も良く、過ごし易い気候もあって、境内の芝生に腰を下ろし、遊んだりお弁当を広げたり
家族で楽しそうに行楽されている。
とても写真を撮るような雰囲気ではない・・・・・・・・。
神社の奥には何やらテントを張り、何かをやっているので見に行ってみる。
すると上賀茂神社手作り市と銘打ってたくさんの出店がある。一見フリーマーケットのよう。
京都らしい写真も撮れそうに無いので、冷やかしに見て回る事にした。
アクセサリーや、小物、衣類系統の物が多く、デブのおっさんのには、興味を引く店は少なかった。
信楽焼の店で、フリーカップが安かったが、結局は帰り道、荷物になるので諦めた。
ミニ石臼も気になったが結局買ってもするものが無いし、手で持って帰るには難があるので
これも諦めた。
![]()
![]()
上賀茂神社を抜けて流れてくる水路 手作り市の入り口付近
![]()
だいぶ奥の方、結構な数の店がある 気になったミニ石臼
結局1時間以上ブラブラ手作り市を歩き廻り、何を買うこと無く時を過ごした。
その途中からは、この店は何を、誰に売ろうとしているのかをリサーチするような視点でお店を見ていた。
見て思ったが、人を引き付ける商品や店を作るのは難しい事だなと認識した。
どうすれば人を引き付けられるのか、何を作れば売れるのか。
ここで売っている商品は、手作りのおもちゃやアクセサリーなどの小物が多い。
値段にしても500円程の物だ。手作りと云うことは、オリジナルで個性的なデザインとも云える。
確実に他には無いと云えるが、それほど売れているようにも見えなかった。
他にないから、売れるというこでは無いのだ。
物を買ってもらうって難しい。
京都五条坂の陶器市 | 2010年 8月 7日 |
気分転換・・・ |
記録的な猛暑が続く中、京都の五条通に陶器市が1年ぶりにやってきたので、出かけることにした。
気分転換を兼ねた訪問です。最近色々と忙しくなってきて、自分の生き方に真剣に悩む事にもなった。
人生におけるチャンスかも知れないし、転落の始まりかもしれない。しかし結論は前に進むしかないと云う決断。
その決断の一方で、1級舗装施工管理技士試験と3級知的財産管理技能士試験と、立て続けに失敗した。
_| ̄|○ こちらの失敗の方は、マジでへこんだ。
しかし気分転換、気分転換。
今回も、面白いフリーカップがあれば、ビールか焼酎用に購入しよう。
いい物がゲットできれば、街並みの写真でも撮りながら祇園まで歩き、ビールでも飲んで帰る計画です
去年十数年ぶりに来た時、何よりもその賑わいの無さに驚いたが、今回は猛暑続きの中であったため夕方に行った。
6時過ぎ五条通川端に着くと、すごい人。去年は昼間に来たが、夜になると去年も人が多かったのかもしれない。
![]()
夕暮れの川端通からのスタート地点 鮮やかな青色のトルコブルーに釘付け
![]()
エーゲ海にあるクレタ文明の様な色相 朱赤絵と云うらしい 定番の出店、商品が山積み
さっそくにもコバルトブルーの鮮やかな店を見つけた。同じ店にこれまた赤い釉薬の商品も並んでいる。青い方はトルコブルーと云うらしい。
また赤い方は朱赤絵と呼ぶらしい。どこの窯か聞くと岐阜県土岐市の知山窯と云われた。
フリーカップの値札を見ると2,700円。かなり高い。
こちらの予算は1個500円。
そこで
「1,000円になりませんか?」とトルコブルーのフリーカップを手に、予算オーバーだが聞く。
「無理、無理」マイキーの手からフリーカップを奪い「2,000円なら」と
若い店主
「じゃ1,500円は?」
「無理無理。そんな値段なら売らない方がまし」ときっぱり。
「朱い方も?」と一応聞いてみるが、「2,000円」と再び最後通牒。
1つ2,000円は、やはりきついな〜と云うことで
「じゃもう一回りしてきます」と店を離れ、他を見て廻る。
途中で美濃焼のフリーカップを500円で購入。
こちらは、淡い釉薬と器の上と下の水玉模様が、並んでいる感じが気にいった。
また羽野君にも出会った。羽野君は会社は違ったが、営業で良く顔を合わせた間がら。
近況などを伺うと、「結婚して、今日は嫁と大皿を探しに来ました」とのこと。
「また何か御座いましたらよろしくお願いします」と別れる。
そして再び、知山窯へ舞い戻り2度目の交渉開始。カーン
「1,000円になりませんか?」
「無理、2,000円」
「じゃ、この赤い方も買うので、2個で2,500円と云うことで」
「無理」
「いい色やし、欲しいな。500円下げられません?」
「無理」
「2個で3,000円」
「無理」
どうしても下がらん様だ。しかしいい青色なので諦めが付かず
「それで買います」と2,000円で購入を決める。結局は値段交渉負け
どうしても欲しくなると、気おくれする。惚れたマイキーの負けと反省。
店主の方は、青と赤の2個を各2,000円で買ってもらえると思ったのか、2つ包み始めたので
「青だけ、青い方」と思わず叫んでしまう。
欲しいけど、さすがにフリーカップ2個の合計4,000円も払う度胸は無い。
![]()
青い方2,000円 白い方美濃焼500円
今年、この2個を手に入れました。
宝物のパソコンが・・・・・ | 2010年 7月30日 |
なんでこんな処が駄目になるのだ? |
仕事や生活、更に趣味にと、今やパソコンは大切な宝物。写真や動画、インターネットなどでその前に座る時間が、
1日の大部分を占めるようになってきている。
ところが車の問題が片付いたと思っていた矢先、今度はパソコン
の調子が悪くなってきた。
症状はパソコンの電源が切れると云うものだ。ACアダプターから交流への変換器を通りパソコンに電気が入るが、
そのパソコンに一番近い箇所の差込みとコードの接続箇所のコード内で断線しているようなのだ。
パソコンの使用中に、急にパソコンの電気の表示灯が赤く光り、バッテリーからの電気の供給に変わったことがわかると。
コードを少しくねらせると黄色い表示灯に変わり、再びACアダプターからの供給に変わる。
そんなことを日に1〜2度繰り消している内に、徐々に増えて行き、今やいつも押さえていなければならない。
文書を作成中にうっかり席を離れ、戻ってくるとパソコンが止まっている。
すると今までかかって書いた内容が全部消えてしまっている。
そんな_| ̄|○ il立ち上がれん。
あまりにも支障をきたすようになってきたので、電気コードを新しい物に交換することにした。
インターネットでパソコンに合うものを探し、着払で購入した。しかしたかが電気コードとは云え7,000円程もする。
届いた電気コードを使用してみた。これで仕事もはかどるぞと思ったが・・・・・・・
電気の表示灯が赤のまんま、つまりパソコンに電気が供給されていない。
あれ?と思いパソコンに近い箇所のコードをクネクネさせてみると黄色いランプが点灯し電気が供給されたことを示した。
エーΣ( ̄ロ ̄lll) これはもしかして・・・・・コード自体には不具合は無かったのか?7,000円もしたのに。
これは普通の人には解んない故障箇所だ。パソコンの内部の電気の取り込み部の不具合何んて・・・・・
仕方が無いので富士●のパソコン修理に電話すると、基本料が15,000円でボードの交換が29,000円と云われた。
その合計44,000円(税別)也、車を買ったばかりで、金無えよ・・・・・・・
あと10,000円も出せば54,000円になり、Windows7が搭載の新機種が手に入るじゃねえか。
四国88箇所巡礼 | 2010年 7月15日 |
全部回り終わった |
7月15日。愛媛県四国中央市にある第65番札所の三角寺に参拝した。そして四国88箇所巡りが完了した。
おめでとう (●^□^●)ハハ(誰も祝ってくれないので、自分自身で祝う)
失業当初で、有り余る時間のあった08年9月。愛媛県今治市にあるB級グルメの焼き豚飯を食べに行ったとき。その道中で目に入った
55番札所の南光坊。ヒマやし廻ってみようか、と御朱印帳を購入し始まった四国巡礼であった。
とは云え、いざ回り始めると巡礼に集中できるほどのヒマもさほど無く。金も無く。
都合88箇所を全てを回るのに、約2年間要したことになる。
四国生まれで、四国88箇所は大変馴染みがあり。しかも杖も付かずの、車での巡礼ではありましたが、いざ回ってみると大変でした。
そして長い道中を廻る中で、色々なことを考え、感じました。
その第一は、スタンプラリーのように回る、自分の態度が気恥ずかしくなったこと。
四国88箇所を回られている方は、悩みや解決を求め、あるいは救いを求めておられるのか?どなたも真剣そのもの。
それを肌で感じました。それに引き換え・・・・
その二は、何人もの巡礼者が白装束で行き交い、蝋燭を灯し、般若心経を独経する姿を見ると、四国88箇所の巡礼には何かその効能
の存在が間違いなく在ることを感んじた。それが何かは解らないが、何か在る。
四国88箇所巡礼は、お伊勢参りや日光参りのようなものと全く異なり、2ケ月近くかけて歩くこと。歩くことを通じて、人と出会うこと。
道知るべとお大師のみを頼りに、1箇所1箇所を踏み歩くこと。日焼けと埃で真黒になり、見知らぬ土地の旅の道中で、水1杯ほどの施しを受け
心より感謝すること。
そんな出会いと出来事の体験を、1つ1つ積み重ねること自体が重要であると感じた。
在家の修行の場なのだ。従って車のナビでチャチャッと回るなんてナンセンスで全く意味が無いことだ。
と生意気にも感じさせて頂いた。
お大師さま 真面目な巡礼者の方々、誠に申し訳ございませんでした。
よって 今度は歩きで挑戦だ。
バス通勤 | 2010年 7月 2日 |
バス通勤の出来事 |
車の故障以来、通勤や移動を,、バスなどの公共交通機関に頼る事になった。
勤務する事務所は、京都市の真ん中、「烏丸御池」と云う所にある。事務所は地下鉄の御池駅から徒歩1〜2分ほどだ。
公共交通機関での通勤は、自宅最寄のバス停から、バスで「玄琢下」→「北大路バスターミナル」に行く。
そこで京都市営地下鉄で「北大路」→「御池駅」となる
その交通費は、バス代220円と地下鉄代
250円の合計470円。往復だと1日、940円となる。
通常はお客さまへの訪問や、役所廻りなどもあるので、交通費として小銭がどんどんと出て行く。
自家用車での通勤、移動(ガソリン代支給)が労働条件なので、そのすべての交通費が自腹となるので、バカにならない。
そんな通勤途中で見つけた、「市バス1日500円、乗り放題」と云うポスター。バスだけで京都市内を移動すれば、
1日の交通費が500円で収まる。
そこで市バスが有効に使えるかどうか、バスの路線図を調べる。
まず通勤だが、自宅の最寄のバス停から、事務所の場所の最寄のバス停までの路線は無い。
と云うか、京都のど真ん中であるはずの「烏丸御池」には、通常のバス停が無い。
烏丸御池は、京都市に2つしか無い地下鉄の路線の南北線と東西線の乗り継ぎ駅で、まさに京都市の中心と云えるが、電車が便利
であるが故にか、市バスが避けるように走っている。
そこで事務所の最寄のバス停となると、「河原町三条」か「烏丸四条」、「堀川御池」になる。見事に地下鉄1駅分ずつ離れた場所だ。
その距離は1キロ超、歩きでの時間は約15分。
しかたが無い。その距離は歩く事にして、バスを乗り継ぎ、1日500円の乗り放題を利用する事にした。
使って直ぐに実感した。これはかなりお得だ。(*゚▽゚)ノ
通勤だけで通常、940円要するところが500円で済む。さらに役所への移動とかにも、バスを利用すればするほどお得になる。
まさに乗りほうだいだ。
雨さえ降らなければ、濡れる事もないので、この1日500円の乗り放題を楽しんでいた。
そんな今日、いつものように朝6時に家を出て、バスに乗り、車内で運転手から1日500円のカードを購入した。
若い運転手は、返事も何も云わず券を差し出し、500円を受け取った。
市バスを利用して感じたが多くの運転手は「バスが動きます」とか「次は○○」とかを云う。またバスを降りるときには
「ありがとうございます」とかを云う。
自動音声もあり「次は○○」とお知らせはあるのだが、それはそれとして、気持ち良く、親切丁寧な印象だ。
その一方で、全く何もしゃべらない運転手もいる。車内は自動音声のみが流れる。
今日の運転手は、全くしゃべらない方だった。そして、「何じゃこの運転手」とおもったが・・・・・・
しばらくすると、外は雨が降り出した。終点の北大路バスターミナルの4つ手前のバス停で携帯電話
を忘れた事に
気が付いた。
「マズイ・最悪や(´д`)ハァ〜、せっかくココまで来たのに・・・・」
そこでバスを降り、自宅に引き返そうようかと思った。しかし外は雨が降っている。屋根の無いバス停でバスを待っている
間にも濡れそうな程の降りかたなので、このまま終点の北大路バスターミナルまで行き、再びバスで自宅に帰ることにした。
終点のバスターミナルでバスを降り、地下道を通って、自宅方向に向かうバス乗り場に向かった。
時間は、6時30分にもなってはいない、そんな早い時間なので、回りには乗客は誰もいない。
「時間が時間だけに、直ぐにバスがあるかな?」と思いつつ時刻表を見ると、なんと3分後にバスが有る。
むちゃくちゃラッキー(*゚▽゚)ノ
時間通りに来たバスを見ると、先ほどの無愛想な運転手だ。どうやら先ほど乗ってきて、降りたバスに再び乗るようだ。
そしてバスは再び同じコースを引き返すようだ。
運転手は運転手で、アレ?さっきバスで1日500円の券を買った乗客じゃねえか、と云う顔をしている。
バスはマイキー1人を乗せてバスが走り始めるが、、早い時間に住宅地に向かうバスに乗ってくる乗客は1人もいない。
まさに貸切状態。バス停を全て素通りしていく。
もしかして?( ̄◇ ̄;)
この路線のバスは「玄琢」でターンして再び北大路バスターミナルに戻ってくる。
と・云う事は、自宅で携帯電話を取って、再び玄琢下でバスを待っていると、三度この運転手のバスに乗るんじゃねえか??
そんな ・やな予感がした。( ̄□ ̄;)
雨の中、自宅に戻り携帯電話を持ち、再びバス停に向かうと、ジャストタイムでバス
がやって来た。
ビンゴ!!( ̄◇ ̄;)やはり、またあのバスだった。
運転手が、あのバカまた乗ってきたてな顔をしている。
時間はまだ朝の7時前。こんなこと2度とやりたか無い。しかし早朝から、3回も同じバスに乗ったので220円×3=660円。
1日500円の元は十分に取った。
車がついに・・・ | 2010年 6月21日 |
車の故障 ご臨終 |
プレゼンテーションでの大失態の後、心の傷が癒えぬままにいたところに、再びショックの追い討ちのような事件が発生した。
乗用車のニ●サン リバティが動かなくなってしまった。
場所は京都市の中心、御池通にある市営の有料地下駐車場内だ。19時過ぎに帰ろうと思い、エンジンをかけるが、ウンとも
スンとも云わない。
バッテリーが上がったのかな?と思い、ロードサービスに来て頂き、診てもらった。
するとバッテリーが原因でなく、セルモーター(スターター)が故障しているようだった。
こんな時間に修理工場に持ち込んでも閉まっているので、車を1晩駐車させておき、ロードサービスには、翌日運んでもらう事にした。
整備工場での診立てもセルの故障で、しかもこのリバティは4WDであるため、エンジンを外し、その上でセルモーターを交換
する必要があるので、その修理代は100,000円は要すると云う、悲しい内容だった。
「ガーン」
しかもこのリバティ、8月に車検時期を迎えるため、車検を受けるとなると更に300,000円弱の費用が発生する
合計で400,000円弱の出費。
「オーマイ・ガッド」
マイキーが失業後は足になってくれたので、多少なりとも思い出も出来た。
特に四国88箇所巡りでは、あと5ヶ寺を残すばかりにまで一緒に廻り、後1回香川県に遠征すれば完了する
目前だった。
リバティもさぞかし無念だと思うが・・・・・ただ、ガソリンのバカ喰いだけは他の車には負けなかったが ・ ・ ・ 「残念」
8月に車検時には廃車にしようとは思っていたが、全く次の車を考えていない処に急に車がなくなったのでかなり不便です。
毎日の移動は歩きとバスになってしまった。常に小型のPCを、鞄に入れて持ち運んでいるので重たい。
次の車を急いで手配しなければならないが、何が良いかも解らない。
大きくてかっこいい車は高いし燃費もバカにならない。小型車ではこの体が窮屈だ。
車屋に行くと新車がお得だお得だと勧められるが、お金がねえ。
中古車も少し良いのになると結構なお値段がする。
しかし取りあえず、急ぎで探さなければ!!!
プレゼン | 2010年 6月 4日 |
失態そして久々に落ち込んだ |
6月4日、ある地方自治体が主催した、プレゼンテーションの機会が急に舞い込んできた。
かつては営業職をしていた事もあり、多少なりとも人を前にしてプレゼンする事については苦にもしてはいなかったが・・・・・
しかも、久々にやって来たビッグチャンス。このチャンスを必ずゲットしなければと云うプレッシャーだったのか・・・・・・
_| ̄|○
プレゼンの数日前までは、プレゼンなんて気にもならず、ぶっつけ本番でも自信満々だった。とは云え、久々のプレゼン。
前日くらいから少し不安にもなってきたので、与えられた持ち時間、15分に収まる様に、話の大筋をペーパーに書いておく事
にした。
重要なポイントを押さえた筋書きだけを書くつもりが、結局は話す内容すべてを、短時間に、しかも一挙に書き挙げてしまう。
不安も吹き飛び、こんな調子だし完璧だと・・・思った。
_| ̄|○
プレゼンは6月4日に行われたが、約20名程が順番に行う。運良く昼休み後の、一番目がマイキーの順番だった。
ところが、午前中の予定者の時間が延びたために、控え室でしたたか待たされることになった。
何時、会議室に呼び込まれるか判らぬまま、緊張の中で、20分 40分 60分と、出番の時間を待ちながら、
不安と緊張感が徐々に増幅していった。
そして1時間10分を過ぎた頃
「マイキーさん、どうぞ」と云うことで、プレゼンの会議室に呼び込まれた。
「失礼します」と入室。
すると居並ぶ15名の審査官が、一斉にこちらに目を向けたのを感じた瞬間。
「・・・???・・・・」緊張で、全てが飛んでしまった。
頭の中が真っ白になってしまい、会社名や名前を云ったかもすら、覚えていない。
15名の審査員を前に、ただ下を向き、昨日書き上げたメモを、ただの棒読み状態に・・・。
プレゼンの合間に顔を上げて、審査員を見回し、自分の云っている事が理解されているかなどを判断したりする余裕も
全く無かった。
「チーン」と響くベルの音で「ハッ」と我に戻った。
このベルは、プレゼン終了の3分前を告げる音で、この音が鳴ると早々に切り上げなければならない。
そんで、プレゼンをキリのいいところで強制終了させた。
「何か質問のある方はいらっしゃいますか?」と司会進行役
2名がその問かけに応じてこられた。
「事業計画に記されている、コストと売値が、顧客にとって適切なのかどうかについて、
その考え方を説明していただけますか?」
そのような質問だったが・・・はっきりと覚えていない。
何かしゃべっていたら「もういいです」と回答を途中で遮られた。
2人目の質問も、何を聞かれたか、はっきりとは覚えていない・・・・
この質問についても、何かしゃべっていたら「もう結構です」とこちらも回答中に止められた。
その雰囲気から察すると、質問に対して、2問共にピントのずれた回答をしていたようだ・・・・
そして不本意なまま、アッと云う間も無く、プレゼンは終わった。
自分は、もう少し出来ると思ってた・・・・_| ̄|○
しかも、こんなにも出来ない奴とは・・・・_| ̄|○
悲しくなって、泣けてきた。
もう何もしたくない。家に帰って酒飲んで寝たい気分になった。
しかし、飲んでも、飲んでも今は酔わないだろうな〜。
こんなに落ち込んだ状態で、しかもあさっては、今年度1発目の資格試験だというのに・・・・・・・
春の四国路 | 2010年 4月 3日〜 4日 |
楽しかったけど、疲れた |
4月3日土曜日から4日の日曜日にかけて、四国88箇所霊場巡りで、残っている高知県の札所を周る事にしました。
その四国88箇所霊場に併せて、高知県のB級グルメの訪問と四国「道の駅」スタンプラリー2009〜2010にも挑戦です。
お天気も良く京都から、2日間で走った距離往復は約900km。しかし春の四国路は穏やかで最高のドライブ日和でした。
主な訪問地は高知市の桂浜。須崎市の鍋焼きラーメン。四万十町の四万十川。愛媛県宇和島市の郷土料理のさつま汁などです。
四国の至る所で桜が満開でした。その他に赤い桃の花に白い梨の花。黄色の菜の花にスイセン。紫のモクレンもよかった。
まさに百花繚乱。さすが南国の高知県です。サツキツツジやキリシマツツジも既に咲きかけていました。
桂浜の坂本竜馬の像 橋本食堂のなべ焼きラーメン
至る所で桜が満開 宇和島のさつま汁
四国路の模様
古代カルタゴとローマ展 | 2010年 3月20日 |
社会勉強 |
2月11日〜4月4日まで京都文化博物館で古代カルタゴとローマ展が行われている。
最近はこのような物を、自ら観に行くことがすっかり無くなりました。
理由はお金がない事と、時間が無い事。それと横でマイキーの深い学識を聞いて頂ける姫がいないことが最大の理由かも。
確かにかなり前だが、京都市立美術館に行ったときには、かわゆい姫が・・・・・いたいた。(^O^)v
その時、京都市立美術館で何を観たんだったけ?全く思い出せん。( ̄◇ ̄;)
しかしその見学後、何があったのかは、はっきりと覚えている。(* ̄ー ̄)所詮は、そんなもんかもしれんな。
今回は1人で、入場料1,300円と音声ガイド500円を支払い入館します。
エレベータで5Fへ上がり5Fと4Fに古代カルタゴとローマ展が開催されていた。
今回の展示物のメインは古代ローマ時代のモザイク画と云う事なので、とても楽しみです。
![]()
京都文化博物館の外観です 入場券1,300円
![]()
メドウサのモザイク画(ポスターの写真) 花を撒く女性(ポスターの写真)
首にデジカメを吊り下げて入場したので、「館内で写真撮影は出来ません」と入館早々に注意を受ける。
そんな事解かってるわ(・`□´・)と、うなりたかったが素直に「ハイ」人を見た目で判断してはいけません。
メモを取っていると更に「ボールペンですか?ボールペンは御使用できません」「何で書けばいい?」
「鉛筆を御使用ください」不審者に見えたのか、しばらくはこの監視員が付いてきていた。
展示物はテラコッタ製の人面のマスクから始まった。音声ガイドを使用したので、展示物への理解度はバツグンに良かったと思う。
しかしメモを取りながらと云うのもあり、3時間以上も居たが、少しも長くは感じなかった。
古代カルタゴがアテネやクレタの文明、エジプト文明の精神性や文化を取り入れている事が良く解かった。
しかし紀元前300年〜200年と云えば、日本は弥生時代で集落が形成され稲作をしていた頃。
片や地中海のフェ二キア人はガレー船による交易で富を蓄え、ワインを飲み、ギリシャ神話や風俗画を、風呂や床に
モザイクタイルで飾り、「芸術」を楽しんでいた。
100人も乗れる巨大なガレー船、その船が250艘も収容できる軍港を整備し、古代ローマと覇を争い「海戦」を行っていた歴史の
片鱗にふれる展示には圧倒された。
○○町内会総会 | 2010年 3月21日 |
組長の役が終わった |
3月21日の日曜日、夜の19時に住んでいる町の町内会の総会が行われた。3連休のちょうど真ん中に総会が設定してあったので、
何処かに行くにしても、中途半端に帰ってこなければいけなかった。
この総会を持って、持ち回りでかつ任期1年の組長から解放されることに。
市民新聞の配達や、回覧板を廻すのは仕方が無いが、地蔵盆の手伝いやら、色んな金集めなどをやらされて、大変だった。
やっほー (*゚▽゚)ノ
総会なんてのも、本当はどうでも良かったのだが、お隣への引継ぎもあるので止む無しで出席。
お隣さんはと・・・来てる来てる。1年間ご苦労様です。
この総会で去年度の事業報告と、会計報告がされ、承認を受けるほか、来年度の事業計画や予算が承認される。
去年と違ったのは、町内会長の年齢が75歳を越えるので、申し送りで会長を辞する事になっていたこと。
そのため内々に調整が行われ、副会長の水本氏が新しく町内会長に推挙され、承認された。
また今年度は5年に1回行われる国勢調査の説明があったことだ。
そしてメインイベントの、次の新組長の中から、去年同様に役が決まる事になる。
その役の内訳は、会計監査が2名。体振(たいしん)が2名。少年補導員が1名の計5人だ。
去年はその役を決めるくじ引きでかなり緊張した。しかし今年はこのクジに当たる心配が全く無いので、そのクジを高みの見物と
しゃれこむことに。皆さん本当にご苦労さまです( ´ー`)v。
町内に組は全部で22組。改めて冷静に考えると,5.5分の1の確率で当たる可能性がある。
お隣ちゃまは、大丈夫かな??
「まず会計監査を発表します」
緊張しますね( ´ー`)v
「7組と8組さんお願いします」
「次 、 体振さん」
コレが大変なんですよね、よろしくお願いしますね( ´ー`)v
「10組さん、21組さんよろしくお願いします」
「最後、少年補導」
いよいよ、最後の1人ですね、ご苦労さまです( ´ー`)v
「12組さん」
どうやら、お隣ちゃまも無事「セーフ」だったみたいですね。おめでとうございます。(*゚▽゚)ノ
これで町内会の総会は散会となった。
去年は、確か体振の役は2年間行うと云う説明があったけど、今年は無かったな。
今年の体振の役が当たった新組長さん、後でその事を知ったらショック受けるだろうな〜。お気の毒様です。
去年はこの総会。一番後ろの方で背中を丸くして参加しましたが。
今年は役が当たる心配も無いので比較的前の方で参加していました。従って帰る順番は最後の方になってしまいます。
玄関で持ってきた傘を捜しますがありません。
あれ?と、いくら探してもありません。
あの傘は、来る時に小雨が降っていたので、何時もの安いビニール傘を手にしましたが、総会には大勢の方が来られるので
同じような傘だと間違えられることもあると思い、、手で握る傘の柄の部分にテプラーで名前と電話を貼り付けた、わが家でも
上等の方の傘です。
何処のどいつや?
名前と電話番号まで入れてる傘をもって帰った奴は?
その後小雨の中、濡れながら帰った。
春の資格試験 | 2010年 3月11日 |
金 振り込んだぞ |
本日、7,500円を振り込んで、2級知的財産管理技能士の申請を行った。試験は6月6日に京都で行われる。
先だっては15,000円を振り込み、1級舗装施工管理技士の試験の申請を行い、その試験代の合計は22,500円になる。
えらい出費
この舗装の試験は6月27日におそらく大阪で行われる。
2級知的財産管理技能士試験が終わって3週間後に舗装の試験がある。この3週間は試験が終わった後の開放感は味わえない。
むしろ緊張感たっぷり、あせりと不安いっぱいの辛い3週間になることだろう。今想像しただけでもゾクゾクする。
しかし
自分でも判らないが、特に舗装の資格試験なんて、今の自分には全く関係の無い、全く役に立たない試験なのだ。
オレは一体、どこに向かっているんだろう?・・・・・・
訳がわからん。
試験の申込みには期限があるので、舗装の試験についてはその申し込み期限直前まで悩んでいたのは事実だ。
合格しても意味が無い。ただうれしいだけの事だ。失敗すると15,000は全くの無駄になる上、老い先短い時間も無駄になる。
しかもこの舗装の試験が意外と難易度が高く、結構難しくて、失敗の可能性がかなり高い。
どうしようか?と悩む事、約10日あまり。もう時間切れだ、取り合えず申し込んどけ、と云う感じで
15,000円を振り込んだ。
申し込んだ後も、お勉強しようと云う気にならない。しかしお金は返って来ない。更に良く考えたら、参考書なども買わなければ
ならない。
しもうた〜。 そこまで気が回らなかった。
本屋で探したり、インターネットで調べると、一般的な試験でないため、種類が少ない上に、どれもほぼ3,000円オーバーで、結構な
値段がする。
当然まだ買えても無い。
何かもう失敗した、そんな気がしてる。
無 題 | 2010年 3月 1日 |
疲れているのかな? |
早朝の6時40頃、大阪に向かって国道171号を車で南下中の事だった。京都府大山崎町の東海道新幹線の高架の辺りにさし掛かった頃。
対面から見覚えのある車が走行して来た。同じような車はいくらでも見る。接近し、すれ違う一瞬の事だったが・・・・・
もう会う事も無いと思っていた人が助手席にいた。「アッ」と云う驚きと共にその瞬間が1コマ動画のように動き、脳裏に強く焼きついた。
少しも変らないその容姿。幸せそうな笑顔。
車は高速ですれ違い、京都に走り去り。自分の車も大阪に進む。
驚きと偶然の巡り合わせの余韻に浸る間も無く、すれ違いから50mも進まない先から渋滞があり、更に50mほど先にバイクの事故。
路上でヘルメット姿の男性が路上の中央に、うつ伏せでピクリとも動かず倒れていた。
それを横目で追いやり、その現実で一瞬のうちに日常に引き戻され、ハンドルを強く握りしめ直した。
その瞬間、すれ違った時に見えたものが現実だったのか、夢だったのかわからなくなった。
家を出たのが早い事もあったが、ここまで ボー と走ってきたような気もする、道中を何一つ思い出せない。
精神的にも、肉体的にも疲れているときに見る幻聴の始まりかな?
ネットトラブル | 2010年 2月20日 |
ネットショッピング |
1週間ほど前,yahooからセールスのメールが届いた。yahooからはこれ以外にも迷惑なメールがよく届くが、
いつも開くこともなくゴミ箱へ直行となる。
その時は、閑だったせいか何気なくメールを開くと腕時計のPRで。しかもかなり安い。
価格は1万円弱。しかも種類が豊富だ。ウソもんだと思うが、一応フランス製とある。
安いな〜と毎日のようにそのネットの時計を見ていたらどうしても欲しくなりネット注文をすることになる。
しかし、ネットでの買い物といえば今までの経験では本だけだ。本と云っても資格試験の問題集で、本屋さんで探す場合は本屋さんの
キャパにより、本屋にある中から選ぶしか出来ない。しかしネットでの参考書探しは、各社の色んな物から選ぶことが出来て便利だ。
しかも翌日には近くのコンビニに本が到着するので早い。
本での経験とは違い、相手もよく解からないのでリスクが高い。慎重に選び商品は直接商品との代金引換と云う方法で行った。
商品はネットの画面のプルダウンメニューから希望の色の物を選択すれば良いのだが、選択した時計に識別の番号などが無く、
「カラー」とか「ブラック」や「グレイ」とかの文字で区別してあり、プルダウンのメニューが開いても、書いてある商品のメニュー
と希望の物が中々一致せず、何度もやり直すことになる。
判り難い商品名だなと感じつつ、慎重に選択して注文が完了。楽しみに時計の到着を待つ。
2日後に荷物の不在通知がポストに投函されてあるのを確認。宅配屋に電話をして早速時計を受け取り、代金を支払う。
開封してみると、地味な時計が入っている。それは希望の物と全く違う。
良くみるとデザインはネットの物と同じだが、手にとって見ると貧粗でレディスの物のように小さい。
早速メールで注文の品と違うことを告げると、「注文通り、で当社は少しも間違っていません」とあたかもこちらが
ミスをしたような云い草だ。
「こんな時計要らないから交換してくれ」とメールすると
「お客様のミスでの交換になるので送料は自己負担してください」
ときた。正直なところ実物を見た時に、ネットでの写真と実物が、かなり違っていたので、
当初の欲しかった気持ちも、すっかり無くなっていた。
しかし注文をした負い目もあったので交換ということで、送料を負担して商品を送り返した。
3日後再度不在通知がポストに投函されていて、再度商品を受け取る。
全く期待はしていなかったが、普段用にでも使おうと開封。
「ガ〜ン」また違う時計だ。
どないなっているんや!!!! と怒り爆発。
メールで「また間違ったのを送られた」と送付。そしてその日の内に再度時計を送り返す。
しかし今回は受信者払いで送付してやった。
改めて希望は「ブラック×カラー」の物、出来ないなら金を返してくれと送付。
土日をはさんだ月曜日に「返金しますので振込み口座を連絡して下さい」とメールが到着。
何をどう間違えたかも解からず仕舞いで、とりあえずは払ったお金を無事取り返した。
危うく金を巻き上げられる所だった。
ネットでの買い物はもうこりごり。
中華鍋 | 2010年 2月 8日 |
ついに手に入れた |
今年の目標の1つである中華料理の挑戦。その目的達成のために必要な中華鍋をゲット。
コーナンで調査すると、中華鍋は2,800円程の値段。中華のお玉も1,000円ほど、セットで4,000円程もする。
高いなと思い。その場は諦めた。更に中華鍋を洗うための竹のササラの様なものも必要だ。意外と色んな物が要る。
流石にこの辺りの道具になると100円ショップでは入手が難しいし、今度の休みにでもB級グルメを兼ねて大阪のミナミにある
道具屋筋でも探索に出かけようなどと、緩い計画を立てていた。
そんな中、コタツでビールを飲みながら、半年程前に頂いた、香典のお返しのギフトの冊子をめくっていると・・・何と・・何と・・・ナント。
あるではないか中華鍋が、しかもお玉もセットになっている。
更にこの中華鍋は、あの中華の鉄人 陳健一監修とある。GJ
そこで早速、注文のハガキを送る。
”ジャーン”そして到着した中華鍋のセット。以外にも金を出さずに手に入れる事が出来た。
ネットで中華鍋を調べると、鉄製の中華鍋、意外とその管理は難しい。新しい物をおろす時には油をしき空焚きで鍋が真っ赤に成る程に
焼くことが必要みたいだ。そうしないと表面の塗装のコーディングが取れないばかりか、直ぐに鍋に錆が出るようだ。
そして料理の前には常に油のみで空焚きをして鉄と油を馴染ませた上で調理に取り掛かることが必要な様だ。
これはかなりめんどくせ〜。(´д`)ハァ〜
中華屋でみる黒光りの中華鍋もその姿も、日々の管理の賜物のようだ。
取り合えずは「エアー炒飯」で「返し」とお玉で炒飯を「かき混ぜる」動作をやってみる。
中華鍋にそこそこの重量があるので「返し」をいつもの癖で手首のみで行って、スムーズとは云えない動きだ。
フキンを中華鍋に放り込み、炒める具財に見立て鍋のアールに沿わせ「返し」をやってみるが、そこはフライパンよりは楽だ。
しばらくは鍋振りの自主練をして、炒飯からデビューしよう。
そして中華料理の目標はもちろん海老チリでしょう。(*^-^*)
大切な日 | 2010年 2月 1日 |
自分の原点に帰る日 |
今年も2月1日がやって来た。別に指折り待っている日ではないが、特別な日だ。
何事も無く過ぎ行くこの日だが、泣けてくるので、飲んで早めに寝ようと。
資格試験結果 | 2010年 1月18日 |
総 括 |
1月18日知的財産管理技能士試験の合格発表が行われた。
その結果は不合格と云う残念な結果に終わった。
今夜も飲むぞ1人で残念会や。腹立つと飲んでも飲んでも・・・酔わん。
落ちるとは・・・その結果を正直想像していなかった。しかもその送付された結果はかなり点数が悪い・・・
今年度受けた資格試験は3つ。
知的財産管理技能試験3級
宅地建物取引主任者
知的財産管理技能試験2級
その試験結果は
知的財産管理技能試験3級 ◎ 合格
(学科27点/30満点 21点以上合格 合格)
(実技27点/30満点 21点以上合格 合格)
宅地建物取引主任者 × 不合格 (31点/33点合格 ただし自己採点
33点以上合格 不合格)
知的財産管理技能試験2級 ▲ 不合格
(学科56点/80満点 64点以上合格 不合格)
(実技72点/80満点 64点以上合格 合格)
費やした時間と金も惜しいが・・それよりも・・余りの結果の不甲斐なさに・・・泣けてきた。
元旦での決意の表明の通り、セキュリティー系の目標そして暗に秘めていたFPの挑戦も終わってしまった。
アホで程度が解かっているので無理な戦線の拡大はしない。
それにしても・・・・まだまだ勉強や・・・
帰省を兼ねた船の旅 | 2010年 1月 2日 |
オレンジ7号 |
土日の高速道路の1,000円で乗り放題という制度は、地方に故郷を持つ者にとっては大変有難いことです。しかし高速代どこまで走っても
1,000円ということがもたらした渋滞は怖ろしいものがありました。
四国の田舎から京都に向かうため、瀬戸大橋を渡り本州の岡山県に入るとすぐに渋滞が始まる。その後は倉吉JCで車がストップ。更に岡山
JCや赤穂ICでも車の流れが止まり、ノロノロとした流れのままに姫路、神戸北JC、神戸JC宝塚トンネルと10時間ほど渋滞に巻き込まれる。
ルートを変えて、明石大橋を渡るべく鳴門大橋から淡路島へ向かうと、今度は淡路島の中ほどでから渋滞が始まる。あとはノロノロのまま明石
大橋を渡り神戸北JC、神戸JCと同様の渋滞に巻き込まれる。
ありえない一般道と変わらんやん。
高速道路がまるで一般道の様相。この様な事態は神戸淡路大震災時の道路インフラの崩壊後に発生した渋滞以上に思う。
そこでシルバーウィークの時もそうであったように、今回も大枚を叩き、フェリーで大阪を経由して京都の自宅に帰ることにした。
四国から大阪方面にフェリーでアプローチするには4つの方法がある。
@ジャンボフェリーで高松港から神戸港 A南海フェリーで徳島港から和歌山港 Bサンフラワーで松山観光港から大阪南港
Cオレンジフェリーで東予港から大阪南港の4通りとなる。
@のジャンボフェリーは高松港から神戸港まで車付きで4,990円となり、後は阪神高速で名神高速に入りに京都へ帰る。
Aの南海フェリーは同じく9,300円で徳島港から和歌山港まで2時間ほどの時間で、四国を抜けられる。しかし和歌山から大阪を通り過ぎ、
京都にたどり着くには、吹田インターチェンジや松原インターでの渋滞の可能性が高い。又フェリーの距離が短い分、ガソリンの消費が多くなる。
Bのサンフラワーでは松山観光港が実家からは一番近い距離だが、フェリーの運賃は19,100円とかなり高額。しかしガソリンの消費は
一番少ない。
Cのオレンジフェリーは松山観光港より少し遠いが、サンフラワーに比べて費用が16,590円と安くその分だけ得になる。
これらいづれのルートでも、フェリー乗船の前後に高速道路を使用することになるので1,000円の高速代をいかに上手に利用するかに
かかってくる。1000円の高速代を有効に使い長い距離を走ればガソリン代は高く付く。フェリーの長い距離を執れば、その分のガソリン代
は始末出来るが、フェリー代は高い。
結構悩みどころではあるが、やはり@のジャンボフェリーがダントツの一番得にはなる。
しかしジャンボフェリーは去年のシルバーウィークで乗船したので、今回はCのオレンジフェリーで京都へ向かうことにした。
改めて高速道路のみで京都に帰るとその高速代(瀬戸大橋のお金を含む)はたったの2,600円で済む。
それに比べ東予港までの高速代1,000円にプラス(+) フェリー代が16,590円。更に南港から京都までの高速代が
1,700円(名神高速1,000円+阪神高速700円)となり
合計19,290円となる。19,290円マイナス(−)2,600円イコル(=)16,690の差額だ。
ガソリン代を多く見積もっても10,000円以上も高くなる計算だ。(´д`)ハァ〜高いな〜
それでもあの渋滞は酷すぎる。
オレンジ7と云う船名のフェリー。かなり大きい船です。全景を撮るために、かなりバックして苦労した。
フェリーの駐車スペースから上に上がるとホテルの様なフロントがある。そこでチケットを差し出し、部屋の場所を聞く。
そのフロントの前から上の客室に上る幅の広い中央階段付近の雰囲気は豪華客船そのものです。
(とは云え、豪華客船になんて乗ったことはただの1度も無いが・・・)
あらかじめゲットした2等寝台というスペース。1室に2段ベッドが4つあり、合計で8人がゆっくりと横になれる。
カーテンを閉めると個室のような空間を確保できるのが良いが差額代として1,000円を支払う。
個別の照明があり、ACアダプターも付いているので、PCを持ち込み、写真の整理や映画などで時間を有効に使うことにする。
高速道路1,000円で走り放題と云う政策は強力だ。去年までの年末年始の時期の2等寝台はまさにプラチナチケットだったが、
今回同室の乗客は5人のみ。3台も空きがあった上、乗船客や乗用車の乗船も半分以下のガラガラ状態だった。
確かにこんな政策をされるとフェリー会社は全滅するだろう
上船後すぐにフェリー内の無料の銭湯に浸かったが、客が少なくゆっくりと温まった。下船の前にも元を取る為に再度入浴した。
そしてせっかくなので瀬戸内海の美しいクルージングを楽しんむことにした。
瀬戸内海のクルージングの模様 見てね
おせち料理 | 2010年 1月 1日 |
田舎のおせち |
実家での雑煮は、昔から丸餅にすまし汁。
餅以外の具は、ニンジンやネギ、シイタケ、ちくわなどが適宜に入りとても素朴。
年を重ねると共に郷愁も相まって美味いな〜と感じる。
まずは1杯目 餅2個入り そして2杯目 次も餅2個入り 合計4個を元旦に頂いた
去年も捌いたハマチのお刺身。今年も雪の舞う外で仕事をしました。みからし(御辛子)と云うサメの料理。中央にある黄色いのがみからし
色んな物を盛り付けた皿鉢料理
その中身は中央の辺りから、概ね時計回りで、かまぼこ(ナルトの形)、ボイル海老、羊羹、タルト(ナルトの形の御菓子)、海老フライ、
キンピラ牛蒡、栗きんとん、レンコン(煮)、里芋(煮)、肉巻き玉子、黒豆、タケノコ(煮)、芝海老サラダ?、次不明?、昆布(煮)、肉団子
鶏唐揚げかな?所々の赤い塊はイチゴ。
これら皿鉢料理と雑煮がマイキーの田舎のおせち料理となる。今回で4●回目の年取りを両親、兄弟姪甥と共に行う。
準備は整った(撮影はめい娘でした)
お正月の田舎料理の中でも、京都では味わうことの無い、故郷の味のみからし(御辛子)という料理。
サメ(フカと田舎では呼ぶ)をボイルして、その身に辛子味噌をからめて頂く料理。特段に美味と云うわけでは無いが、田舎の食文化であり、
欠かせない料理だ。子供の頃はサメばかり食べていたが、今はコンニャクや厚揚げの方が良いかな・・・
ツーンと鼻に抜ける辛子の刺激が良くなったのかも?
四国の田舎で迎える元旦 | 2010年 1月 1日 |
平成22年の朝は大雪から |
平成21年の大晦日のお昼前から降り出した雪は、四国の田舎の景色を銀世界に替えた。
そして明けた平成22年の新年は、何処にも出て行けない正月となった。
見覚えのある景色が雪に覆われた光景は、子供の頃に見たどこか懐かしい風景に感じ、飽きることが無かった。
頬にあたる冷たい風が、実家から学校に通っていた頃の、こんな中を家に向かい、又は学校に向かっていたことを思い出させた。
積雪は約10cmほど、吹き溜まりは20cm以上もある。 木の枝や葉にも樹氷の様な姿に変化
実家の裏の山手にあるお宮さんも深い雪。四国といえども実家の辺りは雪が積もることが年に数度ある。
まるで北陸や東北地方のような雰囲気だが、ここ四国の南予地方です。